アメリカ旅客鉄道史おまけ(雑談と掲示板) 作者のアメリカ鉄道雑談

交通政策の転換期を見学する
−「歩くまち・京都」総合交通戦略策定審議会 を傍聴して−
2009/3/16

(1)最近、こんな話が

 最近、何かと批判の多い公営交通。
 歴史的にみると、公営交通の民営化なんて愚の骨頂だし、ドラスティックに公営交通を改善するのは無理というもので、そこをわかっていない批判を聞いていると私はむっとしてしまう(批判そのものよりは、よく知りもしないで偉そうにものを語る様子に苛立ちを感じてしまう・・・)のだが、悪口言われつつもそこそこ役に立つという状態を長期的に維持するには、こうした批判を行い、「ドラスティックな改革を行う」という宣言をおこなって、叱咤激励をする事が不可欠という事もまた歴史的事実。というわけで、公営交通の改善には叱咤激励をするという面倒な役を引き受けてくれる人が不可欠なのである。
 この怒り役を買って出た大学の先生が出てきて、喋っている姿を目の当たりにしてしまった、というのが今回の話題。まずは以下の新聞記事を読んで欲しい。

交通局に事業「退場勧告」
京都市審議会 部会長の京大教授

 京都市内の公共交通機関の連携強化のため、鉄道やバス会社の代表が参加している京都市の審議会で13日、部会長の京都大教授が、市バスと地下鉄を運営する市交通局に対して事業からの撤退を求める異例の「退場勧告」の文書を突きつけた。教授の示した改善策に交通局が踏み込んだ回答を示さなかったためで、交通局に発表の機会も与えられなかった。市の審議会で退場を命じられる前代未聞の展開に市幹部は困惑の表情を浮かべた。

 上京区内であった市「歩くまち・京都」総合交通戦略策定審議会の部会で、中川大部会長(京大工学研究科教授)が冒頭のあいさつに続き、「交通局は便利なダイヤをまともに組む力もない。61年の歴史に幕を閉じることが歩くまち京都の実現のために必要である」と険しい表情で勧告を読み上げた。

 部会は約半年前から議論を始め、この日は各社が具体策を発表する予定だった。中川部会長は13日昼までに地下鉄の夜間十分間隔運行や、市バス地下鉄全線定期の値下げなど8項目を1年以内で実施できるか、回答を求めたが、十分な回答がなかったという。

 部会で中川部会長は「旧態依然のバスダイヤ作成手法が続いている」「中核を担う交通機関としての実力がない」とまくし立て、退場勧告の文書を全委員に配った。

 部会委員の交通局幹部3人は「限られた経費の中で最善を尽くしている」などと反論したが、交通局だけ発表の機会が与えられず、戸惑った表情を見せた。
 中川部会長は交通政策の専門家で、数多くの市審議会に参加している。「京都は世界最高水準の公共交通ネットワークをつくることができる。それなのにやろうとしない」と怒りが収まらない様子で話した。審議会担当の都市計画局幹部は「部会長の指摘はどれもできるはずの内容」と調整していく構えだが、極めて異例の展開に部会は重苦しい空気に包まれた。

 京都新聞 2009年3月14日(土)
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009031400034&genre=A2&area=K00
 ルールに従って引用 http://www.pressnet.or.jp/info/seimei/shuzai/1002copyrightnet.htm


(2)「歩くまち・京都」総合交通策定委員会とは

 この記事、結構よくまとまっているが、背景を知らないと、審議会で大学の先生が怒った、というだけの話になるので、まずはちょっと補足説明をする事にする。
 まずは、「歩くまち・京都」総合交通策定委員会とは何か、という話。京都市では、「歩くまち・京都」を推進していて、そのためには公共交通の活性化が重要だね、だからバスと鉄道の活性化をしましょう、ということなのだが、じゃあ、何で「歩くまち・京都」なんて話が出てきたかという話もしないといけないだろう。これは、都市計画の発展系として1980年代から策定されている「京都市総合計画」の中で、交通や移動の利便性の項目があり、その中で近年強調されるようになったものである。勿論、東京から京都にくると、公共交通があまりにも不便、といって、レンタカーを借りて自動車でまわるにも道路は込んでいて車を止める場所もない、というのに驚くといった京都の観光事情や、海外の人にも Kyoto Protocol の名で知られる温暖化問題に関する会議が1997年に京都で開かれたというのも関係している。(関連ページ)
 細かく説明するとあれこれ語りたくなるのだが、そこを書くときりがないので省略して、重要なのは、この審議会が、市の都市計画や総合計画の延長線上で行われているという点と「環境」とか「観光客の利便性向上」とか、やや曖昧な目標を議論しあう審議会であるという点。基本計画というと、絶対守らなければならない計画、みたいな感じになってしまうのであるが、実際のところ、どこの都市でも、交通事業者にお願いして、実現できたらいいよね、駄目だったらあきらめよう、という感じで交通計画に関してはあまり強力に実行されていないのが実際。京都市のように市が交通事業をおこなっているといくらか改善の余地があるように見えるのだが、公営交通というのは地方公営企業法という法律で「経済性を発揮すること」が定められているので、経営のヤバさにかんしてはそこそこ追求されるが、公営交通が「環境」とか「観光客の利便性向上」に使えるか、という点に関しては結構曖昧、こういった審議会に於いても、経営に関しては怒られるが、サービスはまあ、しかたがないんじゃないの?という感じになってしまう。それを京大の中川教授が覆し、「異例」とまでに評される事態になったということなのである。

(3)実は見学していたのだが
 新聞記事には書いていないが、この審議会は傍聴可能。眼鏡を忘れてきた私は前のほうの眺めのいい場所を陣取ってやり取りを見ていた。
 5時にはじまった審議会は、最初から和やかではなかった。事務局から司会を任された中川教授は、市長のレターをややこわばった表情で読み上げ、「一部の事業者が実行していない※」と一言、その後、「まず、残念な発表があります」として京都市交通局の退場勧告を読み上げたのである。勿論、退場勧告は読み上げている最中に配布(傍聴者にも配られました)、あまけに、反論の時間は設けられるが、「弁明の機会はあげますが、受け入れるかは別ですよ※」という釘刺しはあり、やり取りでは交通局「スジ屋の項目に関しては※」、中川教授「個人批判をしているわけではありません(怒)」という感じで反論はされるはでたじたじ状態(「改善努力はしている・・・」と話す機会は与えられている)。そんな状態が小一時間も続いた。
 新聞記事には「異例」「重苦しい空気」とあるが、他の参加者の同様は確かに空気でわかった。驚いて参加者の心臓の動悸が高まった成果、会場が暑いのである。勿論、私もちょっと驚いてそのせいで暑く感じたというのもあるのだが、暑いしのどかわいたから、委員だけ配布されているお茶、こっちにもくれたらいいのに、とか余計な事を感じる余裕もあったから、部屋の温度は主観ではなかったと考えられる。その後、民間事業者の報告において、資料の順序に従わず、「積極的な事業者順」で報告を行ったのである。京都市交通局に関しては発表機会なし(といっても、「じゃあ発表してください※」と、一旦無視された後に喋る機会は与えられている)、と最後まで仕掛けは続いた。

(4)新規性?
 終わった時の私の印象は、「部会長の先生が怒り出すなんて本当にすごいな」というものであるが、これは今から考えると外れであろう。行政の委員会や審議会で委員が議事進行を止めるなんて話は結構あるし、けんか腰にもなる。よく考えてみれば、自分自身、とある自治体の公募の委員になったときに総会で唯一質問をして(隣に座っている人が、「この部分問題があるんじゃないかなあ」とか言っていたので手助け・・・)議事進行を一旦ストップさせ、事務局を驚かせたこともある。交通局にしたって、赤字問題については議会や再建検討委員会などで怒号飛び交うなかで議論をしてきた。傍聴者も、私以外の人間は行政関係の担当者であろうから、そういうのは慣れっこであろう。問題というか、中川教授の偉業は、今までは「まあ、経営も苦しいと思うので前向きに頑張ってください」程度のもので済んだ「環境」とか「観光客の利便性向上」といった曖昧な目標に関して厳しい指摘を行った事である。
 もう一つ付け加えると、もう少し穏やかな批判ですまなかったのは、この油断に交通局があぐらをかいてしまったことであろう。検討組織を局内につくり、教授と密にコミュニケーションを取っていればあんなに怒られる事はなかったのに、と思ったりもする。
 ちなみに、2chは「あの先生、組合怒らせるぞ」というような書き込みで盛り上がっていたが、中川教授は組合などにも話を伺って、比較的良好な回答を頂いている(これ以上の人員削減で人を減らされても困るので、ということだが)。膨大な書き込みがあるお陰ででアングラな情報が全て明らかになっているように見えるものの、以外に重要な情報が流れていないネット掲示板の限界の一つの事例であろう(他にも、「もっと裏情報知ってるからこれは面白くない」と感じるスレッドは結構ある)。

(5)その評価は?
 さて、司会役の先生が厳しく怒ってくれたのはいいものの、残念ながら成果(公共交通サービスを改善し、「歩くまち・京都」を支える)は非常に芳しくない。
 怒った事で新聞記事のネタにもなったものの、怒られていない民間事業者の取り組みもさして目新しいものはなく、事業者側の発表は、結局のところ「時流にのった多少のサービス改善をぼそぼそと喋る程度」のものでしかなかった。その点に気づいた私はかなり激辛なコメントを書いて事務局に手渡したが(事務局の方、名前入っていない長文のコメント、一つは私のです・・・)、それで済まされてしまうことにも理由はある。結局のところ、現行の法制度(鉄道事業法、道路運送法)のもとでは公共交通の運営に関して口出しできるのは国であり、市が言える事は何もないのである。
 京都市交通局についても話は同じ、赤字か黒字かについては文句をいう事ができるが、「環境」とか「観光客の利便性向上」を限られた予算内であることはわかっているけど、とにかくやってくれ、という要求は上手くとおらない。「退場勧告」といっても、京都市交通局が民間になっても、取り潰して民間を入れても、収支は改善して、多少は愛想のいい運転手が導入されるかもしれないが、それだけの話、ドラスティックな改善は望めない可能性が高い(なんで、新聞記事を京都市交通局民営化宣言と解釈するのは間違い)。
 
 こういう話を知りつつ、怒り役を引き受けるのは大変だろうなあ、と思うのだが、市民としてはそれを支持しつつ、より上位の交通政策(国の法制度とか)に関心を持って揺さぶりをかける事が重要なのかなあ(いずれは先生もこういう方向に力を注ぐのであろうが)、と思ったりした傍聴体験であった。


<余談>
○交通局の経営レベルは
  上記のように細かな経営改善努力がないので問題はないわけではないが、偏差値をつけるのであれば地下鉄部門で55、バス部門で60くらいの偏差値は取れるのでないだろうか。地下鉄は大赤字だが、交通局が悪いというよりは、地下鉄建設を推進した政治がいけないのであるし、バスに関してそんなに優良な事業者が他にあるわけでもないのが現状、市バスは単年度黒字で過去の赤字を引きついだ累積赤字は100億円程度であるが、京都市交通局よりずっと小規模の地方都市の民間バスでも累積赤字が100億円規模になっている事業者は結構あって、どうしようもないので、自治体や地元銀行の旗振りのもと債務棒引きをしているようなケースが結構ある。そういう都市では、埃をかぶったようなバスを無口な運転手がだらだらと運転、というケースが多い。バスをきれいに、運転手を愛想よくしてダイヤに工夫を施したところで、ほとんど増収にならないので現状放置になってしまうというところに日本の現在のバス産業の難しさがある。
  市バスの悪い印象は、普段バスを使わない人でも京都観光ではバスを使わざるを得ないので、そういった人が辛口採点をする傾向があるとか、ニュータウン路線に比べて道路混雑に長時間巻き込まれるために遅延が多く、路駐ばかりで神経を使う路線を数時間通しで運行するために運転手が疲れた表情をしているというのが原因かと思うが、大昔修学旅行で京都に来た私および同行者は京都市バスの運転手が丁寧に客に接するところをみて驚いたものである。まあ、だから大金を投ぜずとも細かいところを少しずつ手直しするだけで世界最高水準が実現できる、という中川教授の話が出てくるわけだが。

○運転手の給料
  市バスに関しては運転手の待遇けしからん、という話があり、確かに手に入る名古屋市交の資料をみると50代で年収1000万円を超えると思われる運転手がいたりして、京都市でも高給取りの運転手がいるのは確かなのだが、こうなったのは、トラック運転手の給料がバブル期に「手取り100万当たり前」だったから。バスのなかでも当時割のよかった観光部門で働けたわけでもなく我慢したんだから、今そこそこの待遇を受けるのは当然、と言われたらそう強く反論できない(あと、公務員批判一般にいえることとして、独占力の強い民間企業は大した経営努力無しに社員に公務員以上の高給を与え、それを利用者料金に転嫁しているので、そこを問題にすべきかと思われる)。特に都市部のバス運行などは、車が氾濫している中、立ち客を大量に乗せて大型トラックに比べて操作性の悪い(客扱いのために操作性が犠牲にされる)バスを操作しなければならないので、それなりに神経を使う仕事、コンビニバイトと同列に扱うのは危険な発想といえよう(民間でも都市部の事業者はそれなりの待遇を用意しているところも多い、産業全体の低賃金化に便乗して安くこき使う事業者も多いようだが)。
 といっても、バス運転手が尊敬されるような仕事とみなされない理由がないわけではなく、その最たるものは接客態度。もともと運転手は運転手であり接客は女性車掌のやるものだったから接客を問うような制度になっていないのが問題なのであるが、接客態度の改善を前提にそれなりの処遇を与える(2種免許取得にあたって接客態度を問う事にした上で、旅客自動車運行に関する最低賃金は月20万以上、都市部で30万以上程度といった規制があってもいいと思う、免許を管轄する警察に接客態度を問う試験はできないだろうから夢物語であるが)というのが適切なような気もする。


※は記憶にたよっているのでうろ覚えの部分



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2009年3月16日作成