アメリカ旅客鉄道史おまけ(雑談と掲示板) 作者のアメリカ鉄道雑談

東京と国際ハブ空港
2009/10/24(2010/5/4 加筆)

 最近世間を賑わせている、「羽田の国際ハブ化」の話題。
 現代人は、どうも英語交じりの単語や「国際」と付くキーワードに弱い(※1)ようで、両方が合体して「国際ハブ」ともなると反論不能になってしまうのだが、本当に「国際ハブ化」っていいのだろうか?いや、その前に、「国際ハブ空港」って何なのだろうか。ちょっと議論を試みる事にした。

○国際化?or国際ハブ化?
  結論からいうと、成田にせよ羽田にせよ、東京のような超巨大都市の空港は「国際ハブ空港」になる必要はないらしい。その証拠に、アメリカのハブ空港としてよく取り上げられるのが都市圏人口300万人のアトランタにあるアトランタ国際空港や都市圏人口300万人のミネアポリス国際空港で、都市圏人口1000万人を超えるニューヨークの空港は「国際ハブ空港」とは呼ばれない(※2)。
 難しい理屈は省くが、国際ハブ空港というのは、各地からの路線が集約し、出発地〜集約拠点で乗り換え〜到着地という移動で威力を発揮する空港、すなわち、乗換えを重視した空港である。空港や付帯産業(貨物基地とかホテルとか、各地から人が集まる事を見込んだ会議場とか)の人材供給のために、荒野の真っ只中では駄目で、ある程度の都市規模を持っていたほうがいいようであるが、都市圏の人口が数千万人となると、その都市を目的とする利用者・貨物が多くなってしまう。そうなると空港の混雑で乗換え利用には不便になるし、空港側としても、わざわざ無理して乗り換え利用を促進する理由がなくなる。現在のところ、東京の都市圏人口は3000万人、羽田空港の発着回数は年間30万回、成田は年間20万人、滑走路を増やす事で発着回数はそれぞれ年間10万回くらい増えるといわれているが、今でさえ両空港ともに就航希望が殺到している状況で、「国際ハブ化」する余裕はないし、その必要もないのが現状である(※3)。

○効率的な空港の役割分担
 というわけで、ニュースでやっている「仁川(韓国、ソウル)のような(※4)」「国際ハブ空港化」というのを羽田空港にあてはめるのはちょっと間違いなのだが、実際には政策に携わっている人も、ハブ空港とはなにかを真剣に考えての結論を出したというよりは「羽田空港の国際便を増やしたらわざわざ遠い成田空港に行かずとも国際線に乗れるし、乗り継ぎにも便利にではないのか?」くらいの話を「国際ハブ化」と呼んでいるだけ、というのが真相であろう。
 「国際ハブ化」にはハブ空港の定義がいい加減という事で反論したくなる私だが、こうした「羽田の国際化」には基本的に賛成である(※5)。ただ、成田も羽田も新規の発着をお断りしている状態で年間発着回数が合計53万回、利用客数は合計1億人。羽田拡張終了後の処理能力は年間40万回だそうで、成田空港に発着する飛行機を羽田に全部持ってくるというのは不可能で役割分担が必要である。
 ではどのような役割分担が必要か?このあたりの提案が政策立案者のほうからあまりなされないのが不満なのだが(※6)、羽田が近くて便利、成田が遠くて不便なら、羽田空港の着陸料を割高に設定して、成田空港を割安に設定、国内外問わず、羽田空港は比較的高運賃のビジネス旅客向けの空港、成田空港は割安運賃のツアー客向けの空港、という役割分担を行なってしまう方法が考えられる。まあ、言うは易し、行なうは難しの典型例で、本数の多い国内幹線と近距離アジア線に関しては、成田と羽田に分散させて、成田着だと運賃が1割くらい安い、という感じのネットワークの構築は容易であるが、長距離国際線と、本数の少ない国内ローカル線はどうなるんだ、というような話が出てくる。羽田空港の割高な着陸料を成田の値下げに繋げる仕組み作り、交通不便な地方発着からのローカル線に対し何らかの優遇措置が行なわれるのであれば、おそらくローカル線と国内外の主要幹線の半分程度が羽田、主要幹線の残りの半分と貨物、海外のリゾート地各地への就航が成田、という感じになるのでは、と思ったりもする。

○県民感情
  羽田空港の話題で必ずいわれるのは「地元エゴ」の話。
  ニュースで必ず流されるのは、「羽田国際化発言で千葉県知事が怒った」との話で、まあ、現知事は怒るところが似合っているのでそういう報道になってしまうのであろうが、「千葉県知事が怒った=千葉県の人は羽田国際化に反対している」というイメージが作られてしまうのは困りもの。
  私は千葉県の人間であるが、一利用者としては成田も羽田も所要時間的に大差がないという事情もあるし、上記のような機能分化が行なわれるとするなら、比較的安い国内線を利用できたり、観光客に関しては逆に総数が増えて、千葉県の産業振興に繋がる可能性もあり、「別に羽田でも・・・」という感情はある。成田空港近くに居住していたり、成田空港関連の産業に関わっている人でなければ同じような意識の人がほとんどではないだろうか。
 また、そういった「より近辺の人」の立場にたつなら、「自分の県で行なわれている国の交通政策、産業政策をコロコロ変えられるのは困」というのが適切であろうか。
 私の住んでいた場所は成田空港周辺と同じように台地が広がるところで、台地の切れ目にある川沿いの細い水田地帯(谷津田)と戦後切り開かれた台地に集落があるのである。台地のほうは集落といっても人口希薄な山林と畑の間にちらほら人家があるだけで人口は僅か(南関東の平野にある割に人口が少なく、数キロ四方誰も住んでいない、というとんでもない場所が点在していた)なのであるが、その結束は固く、地域で行なわれる運動会では、人口にものをいわせて選抜チームで勝負を挑む新興住宅地のチームと互角に勝負していた(※7)。空港開発を行なった為政者は同じような人たちに「こんな痩せた土地、手放してしまいなさいよ、お金あげるから」と不誠実な対応をしたのであるが、その結果粘り強い反対運動に遭ったのは当然といえば当然といえよう。
  千葉県知事のパフォーマンスが正しいのかどうかは?だが、成田空港の将来を考える際も問題は空港開発の際と同じで、きちんとした計画と根回し、誠意を持った対応というのが重要であると考えられる。

○空港に期待すべきものとは
  というわけで、話の主題に関する結論を簡単に書くと、「東京に国際ハブ空港は似つかわしくない」という一言で終わってしまうのだが、この文章を書くために色々情報を集めて気付いたのは、「政治の現場やマスコミが空港について最近の動向を把握できていないのではないか」という点。
  先の注釈で少し述べたように、日本の空港のコストは欧米先進国の国際空港に比べて特に高いということはないのだが、東南アジアの空港に比べればやはり高い。しかし、これは人件費や土地代の問題で、組織改革をして切り詰めようにも切り詰められないという実情がある。一昔前であれば、技術力をもって省力、少スペース化を図る、あるいはコストは高くとも高品質のサービスを提供するというかたちで勝負できたのであるが、残念ながら経営ノウハウのグローバル化は日本以外でも高い技術力、サービスの提供を可能にしてしまった。こうなってしまうと、乗り換え積み替えに比重をおいた国際ハブ空港なんてものは、費用を安くできる他国に任せればよくて、日本の空港はそういった国際ハブ空港の「お得意様」になって、そのメリットを享受する、といった戦略のほうが有効な事もありうるのであるが、どうもそのあたりの事を「肌で理解している」人が少ないような感じがある。「海外への玄関口=憧れの地」ではなく、「日々の生活拠点」として空港を認識すべきだと思うのだが、いかがであろうか?


<2010/5/4 加筆>
  詳細は旅行記のほうに書く予定であるが、4月27日〜5月2日の日程で、シンガポール・マレーシアを旅行し、シンガポールのチャンギ空港を利用した。
  チャンギ空港は、国際ハブ空港の代表例のようなもので、24時間営業、空港内には乗り継ぎ用のホテル他、プールなどもあるという話は有名。というわけで「優れた国際ハブ空港」とよく紹介されるのであるが、空港連絡鉄道である都市高速鉄道MRTの日曜日の始発は都心発6時半(所要時間は30分)・・・、飛行機は8時で、なんとかぎりぎりで間に合うという話であったが、それは嫌だった私は、週末運行の深夜バスの最終(早朝)でMRTの車両基地のある途中駅まで行った。車両基地があるから、その駅からなら始発も早いのである。私が乗った便がたまたま早朝の不便な便なら仕方がないが、これは比較的便利な便で、東京に向かう直行便8便のうち2便はこの方法でも間に合わず、タクシーを使うしかない。東京発シンガポール行きで言えば8本中4本がMRTの最終に間に合わない。
  シンガポールはタクシーが安い(都心まで1500〜2000円程度)ので問題ないといえば問題ないのであるが、よく言われる「国際ハブ空港なら深夜に都心に行く公共交通機関も確保するのが当たり前」論は結構胡散臭いということが検証されてしまった。
(今回の旅行では、すでに「日本並みかそれ以上」のシンガポールはともかく、マレーシアの発展度合いに驚かされた・・・。と同時に、このHPでいうと新幹線やハブ空港論で顕著な「正確な情報把握のない国際戦略論が蔓延する」日本って本当に大丈夫か?という感を強く持った。まあ、私自身、今更「驚いた」とか言っている時点で「正確な情報把握」なんか出来ていないわけで、あまり批判できる立場にはないのであるが)

早朝の空港の写真1

早朝の空港の写真2

国際ハブ空港というと「巨大」なイメージがつきまとうが、チャンギ空港に関してはそれほど
大きな印象を受けず、むしろ、コンパクトにまとめる事で利便性を高めている印象もあった。
フードコートではラーメンやチキンライスを300〜400円で食べることができる(市中の店で
は150〜300円なので空港価格ではある)。

(※1)「我々日本人は〜」とよく言われるが、欧米の広告を見ている限り、この傾向は全世界的なもののようだ。非英語圏では英単語をつけたキーワードが流行るし、いつも聞いているアメリカのネットラジオは、「暗記偏重から離脱した新しい外国語教材(スペイン語、フランス語、日本語・・・)」なるものを盛んに宣伝している。

(※2)大きい空港=ハブ空港、という解釈で、「ニューヨークやロンドンのハブ空港・・・」といった説明がなされる事はあるが、「ハブ・アンド・スポーク理論」などから言えば的を得た説明ではないし、それだったら、羽田は利用客数で世界最大級の空港なので、「羽田は今も世界有数のハブ空港」ということになってしまう。

(※3)本文では書かなかったが、ハブ空港となるかどうかは地理的要件とコスト、設備などを見比べて航空会社が決定することで、政府はそれを手助けするだけ、ということにも留意する必要があろう。成田はコストと発着枠では不利なのであるが、地理的にはハブ空港として有利な条件をもっているらしく、国際航空事業の黎明期からの利権で発着枠に困らず、以遠権も有しているアメリカの航空会社はコストに構わず成田を国際ハブ空港として活用している。

(※4)ここまで書いてきた論理からすると、都市圏人口2000万人のソウルの空港が国際ハブ化するのも変、という話になってしまうが、韓国の場合、人口がソウルに一極集中していて国内線の需要が小さい、東京と北京の丁度中間にあって、地理的に極めて有利、というのが関係していると考えられる。地理的にいえば日本の空港はアジアの航空路線を集約してアメリカと結ぶには有利であるが、その形態の国際ハブ網はアメリカの航空会社が実現している、というのは先に書いたとおり。ちなみに、ソウルの仁川空港発の韓国国内線は極めて少なく(一番多いプサン行きでも1日数本程度)、国内線のほとんどは40キロほど離れた金浦空港発着、国際線−国内線の乗り継ぎはそんなに便利そうでもない。

(※5)滑走路が3000メートルで、燃料満載の747には短いとか、国際線用のターミナルが小さいとかの問題もあり、そもそも物理的な障害は大きいのだが、滑走路は若干の延長は可能、国際線ターミナルもプレハブ程度のものの急造は可能らしいので、ここでは議論しないことにする。

(※6)成田空港開設の時にもめにもめた経緯を考えれば、「経済効率云々」の議論の旗色が悪いのは当たり前といえば当たり前だが、経済効率云々で語るのであれば、発着枠を入札制度にするというのが一つの解決案である。開港準備中の茨城空港とあわせて入札メカニズムを導入すれば、「国内外のビジネス客+地方便+不便な時間帯に割安便を運行する羽田空港」、「とにかくコスト追及の航空会社のための茨城空港」、「中間の成田空港」みたいな住み分けが出来ていいのであるが、住み分けはともかく、入札は国内外の既得権の兼ね合いもあり難しいのが現状であろう。

(※7)集落の人口100人未満、新興住宅地の人口1万人以上(予選を実施するらしい)くらいの人口差があったはず・・・。それでも互角に勝負できるのは、結束力の他、比較的規模の大きい畑作を経営している農家が多く、基礎体力はあるので・・・という事情もあったような気がする。


さすがに多くの人が海外に行く時代で、理屈ではわかっている人が多いとは考えられる。それをどう行動に結びつけるかが課題であろう。

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2009年8月13日作成
2010年5月4日加筆