アメリカ旅客鉄道史おまけ(雑談と掲示板) 作者のアメリカ鉄道雑談

ベトナムへの新幹線の売り込みについて思う・・・その2
2011年1月22日(3月3日補足)
交差点を占領する暴走族の集会・・・ではなく、信号のない通りを交差するバイクの様子
ベトナム中部の都市、ダナンでは日常の光景

  「内向きな日本」の人間にしては海外志向なせいかどうかはわからないが、年初にベトナムに出掛ける用事ができてしまった。勿論、6月にベトナム関係の記事を最初に書いた時には全く予期していなかった事である。
  私はバックパッカーや出張多数のビジネスマンに比べると海外渡航経験は少なく、しかも先進国がほとんど(例外はマレーシア、メキシコくらい)なので、急成長はしているとはいえ、GDP1000ドル/人の発展途上国ベトナムの光景は衝撃であった。
  驚いたのは事の一つは店のものの売り方。私が出掛けたダナンはベトナム中部最大の都市であるが、コンビニというものがなく(ハノイ、ホーチミンにはある)、いろいろな商品が地べたに置かれたり、ぶら下がったりしている商店でいちいち店員に「あれがほしい、これがほしい」と言って買わなくてはいけない。まあ、商品ならベトナム語が出来なくとも指差しでOKだが、面倒なのは量り売り、1KGだけコメがほしくなった私は、意を決して米屋で注文を試みたが、1と指で示して出てきそうになったのは10KGのコメ(ただし10KGで日本円で410円)、10KGは持て余すので、メモ用紙に「1KG」と書いて見せたらなんとか伝わったという出来事もあった。一応市内にはスーパーが何軒かあり、そこは日本の買い物感覚に近い感覚でものが買えるのであるが、「店員というのはテキパキと働くものである」という概念がない当地では、日本・欧米風にしつらえた商品の陳列と、そのなかで落ち着かない様子で弁当を食べながら仲間と雑談(市場で見る限り、雑談、カードゲームをしながらお客を待つというのが当地の習慣らしい、うらやましいと思った私もなんだか・・・という感じだが)している店員の姿がちぐはぐであった。

  さて、本題の新幹線の話であるが、先に結論をいうと、

 
「旅客専用なら今後20年は無用の長物」

  というのが私の行ってきて見た感想である。
  最大の理由は、既存の道路事情のすさまじさ、まずは、下の写真を見てほしい、

<ダナン〜フエ間にあった2つの峠の様子>

  私が暇なときにのぞいている某サイトの酷道ルポみたいだが、酷道は酷道でも、日本の山間部にある3ケタの国道というわけではなく、これが、ベトナムを南北に縦貫する大動脈、国道1号線に何箇所もある峠の様子なのである。
  一番急峻な峠であったダナンのすぐ北にあるハイバン峠には日本の技術支援でトンネルが掘られたが、他はこんな調子でダナン〜フエ間にこんな感じの峠が2つ、他にう回路もないので、ここを、都市間バス(中にはハノイ〜ホーチミン間千数百キロを数十時間かけて走るものもあるが)や、巨大な海上コンテナを積んだ大型トレーラーなどが走行する。大型トレーラーは非力なのか過積載なのか、結構勾配がきついためなのか(10%は越えていなかったとは思うが)時速20キロ程度にスピードが落ち、登坂車線がないために後続の乗用車ものろのろ、さらにはヘアピンカーブで路肩にはまってトレーラーが動けなくなり、大渋滞になってしまった・・・というハプニングもあった。
  まあ、道が悪くても、鉄道の輸送能力があればいいのであるが、東西を結ぶ鉄道路線は現在のところ単線。東海道本線の複線化が完成したのが大正2年である。総合的な輸送能力に関しては、機関車がある程度強力(ディーゼル機関車は2000馬力級)な一方で、路盤が脆弱(測定したわけではないが、「何だこれは」という感じの貧弱な橋梁が多い)ことを考えると、明治後期から大正初期の東海道本線レベルであろうか。
  一方で、先を急ぐ旅客や軽量高価な貨物を輸送する航空インフラの整備はそこそこ進んでいる。日本に比べれば空港施設などは貧弱で、ダナン国際空港はボーディングブリッジなし、ホーチミンでも便によってはバスでの移動となったが、乗ってしまえば機内の清潔さ、快適性は日本と変わることはない。同行者には連絡バスの中で「これで(ソ連製の)のイリューシンとか待ち受けていたら嫌ですね」などと冗談を言っていたが、ソ連製の機材は1990年代初頭に退役、現在の主流ボーイング777とエアバスA330、A320である。ホーチミン空港での搭乗時の手荷物検査に時間がかかりすぎる事が気になったが、それと空港アクセスの時間を考慮しても、ハノイ〜ホーチミン間は4〜5時間で移動できる。

南北の主要幹線のものとしてはやや貧弱な感じな鉄道の橋梁

列車は長大編成(旅客列車の走行風景は優美である)だが、路盤の薄さが気になる

ホーチミン⇒ダナン間で乗ったのと同じA330機
(これは日本帰国時のものだが、ホーチミン⇒ダナン間の使用機も国際線機材で内装は同一)


  この状況で旅客専用の新幹線を作って、「高速鉄道が人の流れを促進し、経済発展に貢献する」かどうかは非常にあやしい。
  細かい計算をしたわけではないが、

 ・高速移動は飛行機で十分、高速鉄道の建設で旅客輸送能力は確かに増えるが、飛行機ほど高速ではなく、かつインフラ建設費を考えると飛行機に比べ低コストの輸送機関にならない可能性も高い。
 ・仮に高速鉄道が飛行機に比べ低コストで人の流れを促進する事になっても、貧弱な物流がボトルネックになって発展は阻害される(発展が停滞するのか、ハノイ、ホーチミンなどの一部都市に過度に集中するのかはわからないが)。

  というのが結論として導かれる。結局のところ国家予算の数倍の建設費がかかる「旅客専用の新幹線」など、今のベトナムにとってオーバースペックなのである。



<おまけ、ベトナムでみてきたもの>
ダナン〜フエの沿道でみた市場の様子
バイクがやたら止まっていて、これまた暴走族の集会のように見える

スーパーで見たインバーター電球、25,000ドンはおよそ100円である。
上記のような市場の光景を見ると、非常に技術的に遅れているように見えるが、実際売られている
商品の技術という点ではそう変わりなかったりもする。道端のバラックのような店舗で携帯電話は
普通に商われているのである。そのあたり(投資が必要なければそこそこハイテクが普及している
こと)が、「技術さえ良ければ新幹線は売れる」という話にならない事に関係している。

世界遺産ホイヤンの街並み
しっかり保存されているのはいいのであるが、土産物屋ばかりなのが白川郷などと同じなので、
ちょっと気になった(世界遺産のもっと良い演出方法はないものか?)

日本の空港と変わりない設備を持つホーチミン、タイソンニャット国際空港の国際線ターミナル
新幹線を売り込みに行った政治家・官僚の一団が、こういうところだけ見て「ここまで発展してい
るのなら新幹線も売れるに違いない」と思って、現地事情を考慮しない話をしたのでは、という考
えがちらっと頭をかすめた


  高速鉄道にこの話で私がもうひとつ気にしている点がある。それは、日本人が現地の事情を考慮して「ベトナムにとって望ましい交通システム」を提案できていない点である。
  先に述べたように、ベトナムの物流網は非常に脆弱である。現行はおそらく内航海運に頼るところが大きいと考えられるし、現在盛んに高速道路建設も行われている。しかし、トラックによる輸送は環境負荷が大きいし、内航海運にしても鉄道よりは環境負荷が高く、港湾設備の制約の問題もある。数十年後の経済発展したベトナムを取り巻く世界では、高度経済成長を実現した1970年代の日本に比べてはるかに環境・資源の制約が大きくなっている事が予想される。写真でも紹介したが、ベトナムではすでに結構インバーター電球が普及している。農村ではつい最近電気が来ました!というところも多いのだが、だからと言って灯される電燈は白熱灯ではなく、最新の技術をある程度反映したインバーター電球なのである(携帯ではより顕著で、遅れて普及しているからといって原始的な端末ではなく、iPhoneとか、それの安価版のスマートフォンがかなり普及している。勿論、日本に比べると基本機能のみの携帯がやたら安いので、そういったものを使うというパターンも結構あるが)。そういった状況を考えると、いきなり最新の技術を採用するのはおかしくないし、環境問題との調和を考えれば、鉄道貨物の輸送力を増やし、環境負荷の低い物流網を構築する、そのために旅客専用の高速鉄道は無用の長物でも、大量の貨物を輸送可能な新線の建設は有用であるとも考えられる。最高速度は200キロ程度にとどめ、むしろ海上コンテナの輸送が可能な貨物輸送インフラ(できれば二段積み!)を具えた新線を建設、これにフリーゲージトレインやミニ新幹線の技術を取り入れて、短期間で効率的に輸送能力の向上を図るのが現実的であるように思えるのである。
  こういった「現地の人が思いつかないようなシステムを考案・提案して、それを実現してしまう」ことは管理工学で扱う工学技術であるし、一種のソフトウェア的な技術とも解釈できよう。それができないというのは、日本の技術にはやはり欠陥があるということなのだろうか・・・。

<3月3日補足>
  上のような話を専門家にしてみたところ
「そうはいっても先方は日本の成功事例が欲しいわけだから、現地でそんな話しても『貨客両様の新幹線って日本で走っているの』と一蹴されるだけだよ。」
「高速鉄道の需要や経済効果は未知数だが、これから経済発展が進むと建設費が高騰するし、世界銀行あたりから借款受けられるのは今だけでしょ。」
  という頷かざるを得ない反論を受けてしまった・・・。

  あと、実績重視で貨客両用となると中国が圧倒的に有利という事になる・・・。日本から技術移転した技術を使わないにせよ、暫定非電化で160km/hというような仕様なら却って日本より得意(中国は最高速度170〜180km/hのディーゼル機関車やディーゼル動車を大量に製造している)なような気もするし、国産電車でも320km/hくらいまでの試験運転には今世紀初頭に成功しているので、10年後くらいには日本のライセンス条項に違反しないような車両を作るのはそう難しくないような気もする。高い信頼性を要するパーツについては日本製が圧倒的に競争力を持っているし(中国で開発した機関車とかでも高速仕様のものは駆動系に日本製パーツを多用している※)、経営とかを含めてトータルで高速鉄道を請け負うと、採算割れのリスク(日本の技術導入という面では成功だった台湾新幹線は経営的にはかなり苦戦している)を負う事になるので、「日本の新幹線をそのまま持っていく」的な満足感はあっても事業としては必ずしも美味しくない。むしと、面倒くさい部分は中国に任せて、部品レベルでのシェアを維持、隙をついて調査系の仕事にも参画させてもらって美味しいところを取って行く・・・というのも一つの方策なのかもしれない。

※あまり本文には関係ないが、途上国のみならず、ドイツの高速鉄道車両などでも日本製の車軸が活躍していたりするらしい(たとえばこれ)。アメリカでは日本製の200km/h対応の客車が随分前から使用されているというもの前に書いたとおり

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2011年1月22日作成
2013年3月13日 リンクの再結合と若干の加筆(「アメリカでは」の部分)