アメリカ旅客鉄道史おまけ(雑談と掲示板) 作者のアメリカ鉄道雑談

高速バス規制のない国、日本
2004年、はじめてツアーバスに乗った際にサービスエリアで目撃した「運行ルートをプリントしている『貸切バス』」

  仕事がようやく一段落し、「雑談」の更新を考えたところで、気になるニュースが目に入った。

  関越道の7人死亡バス事故:
  2012年4月29日、群馬県の関越自動車道で夜間高速バスが防音壁に衝突、大破。
  ディズニー旅行の客ら7人が死亡

  直接の原因は、往復1000キロにもなる東京〜北陸間の往復を1人乗務で任せた事により居眠り運転。
  報道では「無理な運転を強要されたことはない」という社員の証言もあった。素人感覚でいえば、「ホテルで8時間休憩出来れば特に問題ないだろう(実際にそれ位の休憩時間は確保されていた)」という事だろうが、昼夜逆転の勤務では良く眠れない事もあるだろうし、そもそも1回の勤務が10時間を超えるようでは疲労もたまる、そういった可能性を考慮した労務管理が行われていなかった事が大きな問題であるし、それを「規制」する法的枠組みが存在しない事による問題であるともいえる。
  私は、後者の問題、「法的枠組みがない事」を以前から気にしている。
  世間では「規制緩和により・・・」という文言が飛び交っているが、高速バスに関する規制に関しては、「緩和された」という言葉は相応しくない。
というのも、日本には、もともと「短距離の路線バス」と「貸し切りバス」に関する規制は存在しても、中長距離を移動する長距離路線バスに関する規制は存在しない。では、各地で運行されている東京〜大阪間とかで運行されているバスは、どういう根拠で輸送されているか?という事になるのだが、下記の2通りの方法で運行されているのが実情である。

(1)短距離の路線バスの規制制度を都市間バスに適用
  …バス側面に「乗合」と表示されているバス
(2)貸切バスの規制制度を都市間バスに適用
 (都市と都市を結ぶ「パッケージツアー」に参加するという形で乗車 いわゆる「ツアーバス」)
  …バス側面に「貸切」と表示されているバス

  切符の販売等のルールでいえば、(1)のほうが自然なのであるが、(1)に統一されないのは、短距離の路線バスと同等のルールだと色々と不便が多いため。短距離のバスは急に廃止になったり便数が変更になったりすると不便であることから、廃止6か月前に国にその事を告知する必要がある。その他、あれこれ面倒なルールが(1)のほうには多い。
  それでも、以前は(1)のほうでしか運行が認められていなかったので、1990年代までは長距離バスは(1)の形態でしか運行されていなかったが、2000年以降、国のほうで(2)の形態の運行についてうるさく言わないようになり、(2)の形態のバスが多く運行されるようになっている。

  世間では、(2)のほうの安全性に問題があるという評価がほとんどである。しかし、(1)の『面倒なルール』のほとんどは、「ある地域で短距離のバスを運行する」際に発生する、バス会社間の競合の調整や、地元の人の利便性を考慮したもので、長距離を運転するバス運転手の労働環境や車両の安全性を規制する項目があるわけではない。(1)を用いて1990年代に開設された路線は老舗のバス会社による運行が多く、インフラ(※1)も確保されている事が多い・・・といった特徴があり、これらは事故の危険性を下げるのに貢献してはいるが、そういった要素の多くと免許制度の関係は小さい。(2)の制度を禁止して、現在(2)の形態で運行されている零細のバス会社に(1)での運行を強制させたとしても、安全性には大きな差は生じないであろう。

  これらの問題はすでに監督官庁(国土交通省)も気づいていて、法改正への検討を進めている。
  バスのあり方検討会
  ここでは、ここまで議論してきたような問題を踏まえて、高速バスを一般のバスと切り離して規制し、安全規制も強化されている。これで問題は一件落着・・・と言いたいところだが、個人的にはちょっと不満な点も残る。
  一つは、「『勝手に成長する』バス事業をどうやって規制するか?」という点に力点を置きすぎていて、「バス産業の悪いところは規制するが、良いところは伸ばす」という発想がない点。『規制』だから仕方がない面もあるのだが、制度がなかった事も相まって、都市間バスには、バスターミナルや、車両・運転手の支援施設といったものが十分に整備されていない(建造物自体はあるのだが、新規の事業者が自由に使える環境になっていない)。たとえばバスターミナルの整備指針・利用ルールをきちんと定める事は、「安全性を向上し、かつ運行コストを下げる」というWin‐Winの関係を生み出す可能性がある。自由放任では上手く成長しない・・・ということは、都市間バス事業の将来像をある程度は描いて、そのうえで諸ルールを整備する必要があるのである。しかし、現状ではこの点は顧みられず、マスコミも一般人も(場合によっては研究者も)、「コストを取るか安全を取るか」で議論している、この点少し残念に思うのは私だけであろうか(※2)。

 
マレーシア、マラッカの都市間バスターミナル
1人あたりGDPは日本の5分の1ながら、高速バスのインフラ整備は日本の先を行く
(事故は少なくないが、日本のものと性質を異にしている)
  高速バスの円滑な競争を生みだす規制制度と基盤整備・・・これは決して困難な課題ではなく、いくつかの国では、円滑に実現しているケースがある。
  個人的に興味を持っているのがマレーシア。
  以前にも記したが、一件無秩序に見えるマレーシアの都市間バスは、「地域内バスサービス」とは別個の「都市間急行バスサービス」の規制制度を有し(※3)、主要都市にはバスターミナルがあり、都市間バス免許を持っているバス事業者は皆そのバスターミナルに乗り入れる事が可能である。今回事故の要因となった、乗務員数に関してはマレーシアは日本より厳しく、昼行バスでも350kmを超える路線では2人乗務が義務付けられている。私が乗車したマラッカ⇒シンガポール(約300km)のバスも2人乗務であった(※4)。
  もっとも、マレーシアは高速バスの運行において決して安全とは言えない。10人以上が死亡するバス事故が2003〜2010年の間に少なくとも5回発生している。日本より参入規制は厳しいのだが、もともとのバス会社の数が多すぎ、燃料費や人件費の高騰により経営悪化していること、人件費は高騰しているといっても、バス運転手の月給は5万円以下で、稼ぐために長時間労働をする傾向があること(「先進国でも1人乗務なんだから」無意味な2人乗務はやめ、その分給料を上げよという論調もあるらしい)、乗務員の訓練に時間やコストをかけない事がその要因といわれている(※5)。日本では、「安全性と非常に強く関係」という風に言われる、2人乗務や参入規制があまり安全性と関係していないように論じられている事は興味深く、今後精査を進めたいと考えている。


【5月11日補足】
  予想の通り、「規制緩和が事故の原因」という論調は強く、法改正も検討されているようである。
  1999年以降、バス産業への新規参入は容易になり、貸切バスを中心に多くのバス事業者が参入、事業者が増えたせいで少ないパイの奪い合いになり、安全性に問題のある事業者も登場した。この意味で、規制緩和は事故の原因という論調は正しいのだが、面倒なのは、「安全に対する規制を緩和した」というわけではないという点。以前に厳しい安全規制があったというわけではなく、新規参入が難しい以前の状況は、既存のバス会社は「村社会」のような状況におかれ、不文律によって安全がある程度維持されていたというだけなのである。この村社会的な不文律は非常に脆い、規制があっても市場が縮小すれば、残ったパイの奪い合いで、この不文律が守られなくなる可能性が高い。再規制といっても、事業者の参入を抑制したところで、不文律は戻ってこないであろう。安全性の維持確保に関しては、安全規制の明文化が必須の要件になる(ただ、言うのは簡単だが、深夜バス運転手の健康状況を政府の役人が詳しく知っているわけではない。バス関連の担当者の総数は十数人のオーダーである―人数については兼任でやっている人をどう数えるかで変わってきそうだが―から、そこで細かいところまで手の届く法制度を作りあげるのは至難の業だろう)。
  制度的な問題のもう一つの論点は、先にも論じた「貸切バス扱い」か「路線バス扱い」かという点。これは本来安全とは別の視点の問題なのだが、危険発生の原因と解釈されていて、話をややこしくする(「貸切バス会社に運行を頼むと安全性に問題がでる」というのは「乗合バスよりも貸切バスが危険である」と言っているようなもので、何か変)。おそらく、法改正はこちらを中心に行うもので、安全性の問題は、今回の事故で何か付加的な条項が付け加えられるとしても、それがメインとはならない、言い換えると本質的な問題改善につながらないような法改正が実施されるのでは、という予感がする。


【5月31日補足】
  不・不覚・・・。
  話題のエアアジアでマレーシアに出掛けた私は、マレーシア公文書館で文献調査に着手、「マレーシアの高速バスに関する調査レポート」という香ばしい資料を発見し、さっそく請求したものの、返ってきた請求票には「Rahsia!(マレー語で「秘密」)」の文字が・・・。おそらく「部外秘」の文字があったからそうなったと思われるので、今後も引き続き情報収集に努める予定(マレーシア政府の透明性は低いが、過去はともかく現時点では意図的に秘密主義を貫いているというよりは、情報公開をサボりがちな姿勢が原因であると考えられるので、色々なルートから検索を試みれば情報は手に入ると思われる(※6))。文書館の検索環境は日本よりも良く、文書はコンピューターからワンクリックで請求でき(戦前の交通政策資料を中心に、規制政策の歴史をある程度勉強する事はできた)、付属のカフェテリアでは飲み物込みで220円で昼食を食べる事ができた・・・。
  今回はラオスにも行き、長距離バスの旅を楽しんだ。カメラを紛失し、写真データの大半を失くしたのは痛いが、その概要を後ほど報じたいと思う。
  ・・・ところで、GDP1000ドルのラオスでも都市間バスはバスターミナルで乗降が行われ(呆然とする赤茶けた荒野で、駐車中のバスの屋根にはせっせとバイクが積み込まれていたが・・・大体こんな感じ)ていた。日本の都市間バスの路上での客扱いは何とかならないのだろうか?
 

【8月11日補足】
  6月〜8月にもマレーシアに渡航(2回)、述べ15日に渡ったマレーシア調査、第一期が終了。片道8000円、とかのチケットを「限定10席」とかにせず、気軽に売りさばくエアアジア(今でもそうだが、よっぽど混む時期でないと、標準価格29000円のチケットしか買えない、という事はないし、良くディスカウントをしてる)はもはや世界一好きな航空会社・・・となってしまった。
  最後の渡航で、マレーシア工科大学学生による、都市間高速バスのケーススタディの論文を入手する。何度も企業に足を運んでのケーススタディは日本でも根性のある学生が選ぶ研究テーマであるが、私にとっても長重要な情報源となった。マレーシアの高速バスの競合は、1990年代に規制の緩和(法律上の緩和ではなく、運用方法の転換)が行われた事によるものらしい。その論文の結論は、「参入規制から品質規制へ」で、現在、マレーシア政府も同様の試みを進めているようである(その学生が政府で働いている可能性もあり)。


※)後で論じるように、事故を皮肉った比喩的な表現というわけではなく、実際に日本には高速バス規制がなく、短距離バスの規制を高速バスにやや強引に適用して運用しているのが実態である。

※1)自社の営業エリア外に停留所や切符販売拠点を設置するために、行き先の都市でバス運行を行うバス会社と提携する事が多く、相手先の会社の運転手の休憩所で休憩を取る、といったケースが良く見られる。
※2)在来線よりは利便性(運行間隔・ネットワーク)が落ちるものの、主要な大〜中規模都市の安価な都市間移動手段として重要な交通機関、という位置づけを与え・・・不明瞭で地域ごとにルールが異なる(=既存の事業者が参入障壁として悪用しやすい)な駅前のバス発着場の利用ルールの指針を定める等の対応は必要であろう。飛行機のLCC専用ターミナルのような「格安高速バスターミナル」を自治体が設けて(といっても空地にプレハブの待合室とバス駐車スペースを設けるだけで良い 事業者には駐車場に困らない・乗務員が速やかに休憩に入れるというメリットがあり、行政側には実態のチェックがしやすくなるというメリットが生じる)、神没鬼出状態の新規参入事業者を管理下に置く工夫もあっても良いかもしれない。

※3)おそらく、英領マラヤ時代に英国の制度を元に「地域バス」「都市間バス」の規制制度を分けて入れたからであると考えられる。日本もイギリスの制度を参考にしているが、当時(戦前)の道路事情から「地域バスサービス」の規制制度だけ取ってきて現在にいたっている。
※4)が、平日の真昼間ということもあり、乗客は私1人・・・。運賃は日本円にして600円で、いくら物価が安いとはいえ、人件費はおろか高速料金も賄えそうにない(シンガポールでは一般道路でもロードプライシングで課金されるし・・・)。20分遅れ(おそらく、飛び乗りの客を期待したのであろう・・・)で出発したバスは、途中ジャングルの真ん中に設けられたトイレ以外に何もない(若い女性が食パンにアイスクリームを挟んだ謎の菓子―確か50円位―を売っていたので、運転手と一緒にそれを食した・・・)パーキングエリアで乗務員交代をしただけで、ひたすら走りつづけた・・・。無謀運転と無縁な経済運転で、途中無数のバスに抜かれたが・・・。
※5)あとは一般車の運転が荒い事、車両の整備状況が若干悪い事も関連していると考えられる。信号は少ないものの道路の整備状況は日本並みで、悪路に関連した事故というのは近隣諸国に比べて限定されているように感じる。
※6)マレーシア陸上交通庁にメールで質問したところ、「バス補助金400億円」「バスターミナルのほとんどは公営」との回答が返ってきた。補助金の額は、人口差を考えると日本の倍くらいの水準、財政規模の差(マレーシアの財政支出は5兆円位)を考えると、日本で1兆円位支出しているのに該当する。やたらとノンステップバスが多いとか、過疎地のバスが結構生き残っているのが気になったがそういうことか・・・。

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2012年5月2日作成