アメリカ旅客鉄道史おまけ(雑談と掲示板) 作者のアメリカ鉄道雑談

○特集「夜行列車」:急行「銀河」に乗ってみる
2008/2/28
東京駅10番線 23時0分発 急行銀河号

  「夜行列車なんてなくなって当然」とか無遠慮な事を言いつづける私。
  しかし、今回廃止となる、「銀河」には一度も乗車した事が無い。本当に便利なんだろうかという点を確かめるために、乗車してみる事にした。

1.乗車体験記

 銀河号のダイヤ

  乗車したのは2月1*日東京発の銀河号。寝台券は行きの京都駅で発見してもらったが、みどりの窓口の若い男性スタッフは、私の指定券の申し込み用紙を見て、「銀河ですか、わかりました。」と楽しそうに発券する。スタッフでも愛好者が多いのだろうか?ちなみに行きはN700系ののぞみ号である。
  2月1*日は7時半ぐらいまでには所用を済ませ、乗車準備(夕食)に入る。もっとも、このスケジュールだと、わざわざ列車に待たずとも、新幹線に乗ってしまえばその日のうちに京都市内の自宅に帰ることが出来る。東京発新大阪方面ののぞみの最終は21時20分、市バスなどの接続を考えても20時30分ののぞみに乗れば問題はない。その間に一杯晩酌できればという話になるのであるが、9時をすぎると東京駅構内の飲食店は店じまいで、落ち着いてお酒を飲めるところは少ない(八重洲地下街にはあると思うがそちらも結構店じまいは早い)。列車入線までの短い時間を新幹線乗り場近くのカフェ・グランという店で過ごす。残念ながら、勤め帰りといった感じの人ばかりで旅情には乏しい。ちなみに、八重洲口の高速バスターミナルのビュッフェスタンドは、値段が安い上、高速バス待合客が多くて、グレイハウンドのターミナルビルで味わえるような貧乏旅行の悲哀がこもった旅情が味わえる。夜行列車の廃止が本当に別かどうかは別として、優等夜行列車に集う少々お金に余裕がある旅客が醸し出す旅情と言うのは日本国内からは消え去ってしまったようだ(長距離国際線のターミナルで感じる事はあるが)。
10時40分頃の写真 老朽化した私のデジカメでは夜間撮影は難しくブレが出てしまうが
たくさんのファンがうろうろしているこの日の東京駅の状況を紹介するには都合が良い

  銀河の出発時間は長い間23時出発で固定されているが、入線時間は変動が激しい。少し前の情報で(ちなみに手持ちの2005年の時刻表には22時49分入線とある)、22時50分頃入線かと思っていたが、現在は22時19分入線である。ホームに上がったら列車はすでに入線していた。
  廃止までまだ一ヶ月あるのだが、ホーム・車内には鉄道ファンが多い。皆さん車内観察や他のファンを避けつつの撮影に夢中であるが、列車自身は普通の24系でどうという事は無いので、私の目は鉄道ファンに向く。要は自分の同類なのだが、結構鉄道へのはまり具合に差があってそれが手荷物や行動に現われているので面白い。例えば、鉄道雑誌、しかもJ-TRAINなどの新興雑誌(私は内容が薄いと見下してしまっているが、よく考えてみればコンセプトは今度購読しようと考えているアメリカのClassic Trainsに通じるものがあり悪いものでもない・・・)のコピーなどを持って、携帯で写真撮影している人はそんなに深くない人。鉄道ダイヤ情報と小型デジカメを持って車内をうろうろしているような人はそこそこはまっている人。DVDカメラや大型のカメラ用レンズを磨いているような人は相当はまっている人である。乗客の4割ぐらいはそんな感じのいかにもな感じの鉄道ファンであった。もっとも、列車情報などがあらかた頭に入っているので今更雑誌を持ち歩く必要がない、写真もいやというほど撮ったので今更カメラを持ち込む必要がないという一般旅客と見分けのつかない上級者や、ファンではないがなくなると言うから乗ってみようという人が相当混ざっているようで、全乗客の7割ぐらいがそんな乗客のようであった。ちなみに、それでも乗車率は7〜8割程度(8両運転)、4人が眠れる寝台一区画のうち、1人分くらいの寝台が空いていた。乗車すると出発前にも関わらず車内改札が行われている。このあたりは、早い時間に寝台を開放するアメリカの黄金時代の寝台列車や、急行新星(かつての上野〜仙台間の寝台列車で仙台では1時間以上前に入線)を思い起こす。なお、アメリカの寝台列車の殆どは消え去ってしまったが、シカゴ発夜10時の「レイクショアー特急」は8時には入線して、出発前に夕食をとる事ができるようになっている。
  停車中の車内放送では「この列車には食堂車、ビュッフェの設備はございません。また、車内販売はございません・・・」というアナウンスが何度も繰り返された。車内販売はともかく、新幹線にも食堂車が無い時代に、深夜帯のみを走行する急行列車に食堂車やビュッフェがあるなんて誰も思わないだろう・・・と思ったが、私が前回乗った寝台列車「ポラックス」には食堂車が連結されていて、朝食サービスもあって食事には困らなかった・・・。このうち、便利だったのは朝食、特に暖かいコーヒーが飲めた事。今更サービスの改善で乗客が戻るとも思えないが、寝台旅客にはコーヒー、お茶の無料サービスがあっても悪くは無いであろう(機械設置とか考えると初期投資云々・・・となってしまうが、アメリカのホテルでやっているように車掌室脇の空き空間に朝だけ耐熱仕様の紙コップとコーヒー、お茶のポットを置くだけなら数千円の初期投資で出来るので是非やって欲しいものである・・・食品営業の許可が要るからとかいう突っ込みはなし!車掌が食品衛生責任者の資格をとればいいのである、これは1日で取得でき、そのコストを入れても数万円で実現できる!)。
下段寝台

上段寝台より、荷物棚を撮った写真、時代物に見える旅行鞄はこの手のトランクで私の愛用品
大小あってアメリカ行きには大型のものを使用、こちらは国内移動用の小型版
(取っ手についている怪しいものは無視する事)
手提げ鞄から覗いているビニール袋には運輸政策研究所で買ってきた「運輸政策研究」な
る渋い雑誌が入っている

  あれこれ観察しているうちに、列車は動き出した。私の寝台は上段、下段はやはり鉄道ファンで、列車が動き出す様子を動画で撮っている。まあ、熱心な事だ、と思いつつ、本に目を通したあと眠りにつこうとするが、そんなに簡単ではなかった。私はアメリカ鉄道好きということもあって客車列車に乗りなれているほう(たとえばこれこれ、そろそろ2年半前のシカゴ〜アナーバーの客レの旅をアップするので写真は増える予定)であるが、日本の客車は騒々しい。巨大なバッファーのお陰で震動が少ない欧州(まあ、こんな感じである)はともかく、同じ自動連結器のアメリカの列車にくらべてもうるさい。アメリカの列車は大味な感じなのだが、駅は静かに出発してそれほど走行音も大きくないのである。すぐに床に入ったのだが、品川はおろか、横浜、大船の停車も確認した記憶がある(さては徹夜では、という感じの下段のファンの方は早々に寝入っていた)。
  その後、小田原到着の前には眠っていたのであろう。目を覚ましたら、列車はどこか良くわからないところを走行している。時刻をみると午前2時半。まもなく列車は大きな駅に入る(減速にはいるショックで目がさめたのかもしれない)、運転停車の浜松である。ここで貨物列車2本に追い越された。
浜松駅にて
カメラは調子が悪く、幻想的ではなく良くわからない写真が多い

  停車駅など確認してもあまり面白いものではないからさっさと寝てしまえばいいのであるが、一旦起きてしまったのが良くなかった。上段から窓のブラインドを見ると、なんだか外が明るくなっているように見えて、目的地の京都が近いのでは、と誤解してしまったのである。上段から梯子で下に下りると頭もはっきりとしてしまい、寝付けなくなる。走行音もさることながら、周辺の乗客の鼾が結構大きい。加速時のショックなどで収まる事もあるのだが、そうすると、今度はいつ加速のショックが来るのかが気になって眠れなくなる・・・。そんなこんなで再び眠りについたのは午前4時。次に起きたのは米原を出た後であった。もう寝ることはあきらめて、着替えと身支度を始める。
  下車準備を済ませた後、私は最後尾の車両に向かった。最後尾車両は後ろの展望が望めると思ったからだ。私の乗った車両は3号車で、最後尾の8号車に行くのは骨が折れたが折角の機会なので行ってみる。予想のとおり最後尾は展望が良かったが、案の定と言うか、やはりというか鉄道ファンが三脚を置いて動画を撮影している。A寝台車を含めてカメラを持つ人はいたるところにいる。1日10人はこんな人がいて1ヶ月こんな状態がいるとして10×30×2=600...。このうちの結構な数の人が自分のHPに画像や旅行記を載せるんだろうし、ブログ程度ならもっとたくさんいた携帯で写真撮影していた人でも乗車体験記を載せる人がいる。私はこのHPに載せるつもりで乗車したのであるが、無数のライバルの存在にHPに乗車体験記を載せる事が有益なのだろうか?と考えてしまう。
最後尾 山科駅通過直後の写真
なお、ここには動画カメラが常駐していて・・・

  最後尾に着いたのは山科駅通過時だったので、すぐさま自分の車両に戻る。すぐさま京都駅到着、時刻は6時42分。すぐさま機関車の近くに向かい写真を数枚とる。私の寝台の下段に乗り込んでいた若い鉄道ファンは、わざわざ乗車日をプリントアウトした紙を持って記念撮影をしている。日本の鉄道に関する趣味を掘り下げる事に興味をもてない私としては、その用意周到ぶりに普段はどんな鉄道趣味活動をしているのだろうか、という事が気になってしまった
  私は旅情の余韻に浸ることはしなかった。わが自宅方向へ向かうバスが5分後には出るからだ。簡単に銀河の出発を見送った後、私は日常に戻った。
京都駅の銀河と名残惜しそうに写真を撮る鉄道ファンの方々
私自身は人を運ぶものゆえ、鉄道写真に人物が入る事には抵抗はないのだが、
写っている人に掲載許可を貰ったわけではないので、個人が特定できないよう加工を
加えている
2.感想

(1)失われた「新幹線の空白」
 朝一番に目的地に到着する夜行列車を廃止してはいるものの、JR、特にJR東海は朝早い時間に目的地に到達する列車の設定に熱心だ。3月15日のダイヤ改正では午前6時発新横浜始発広島行きひかりを増発。この列車、小田原、静岡に停車し、ひかり号を名乗るものの、N700系を導入し、新横浜〜新大阪の所要時間は2時間15分。300系、500系、700系を用いる従来ののぞみよりも早いと言う反則的な列車である。これで2007年春のダイヤ改正時に比べて関東圏からの大阪到着時間は15分も早まってしまった。これで銀河が廃止されて時間的に困る人というのは、下りで言えば
・東京で22:00〜23:00、翌日大阪で7:18〜8:15の間に用事がある人
  に限定されることになる。
  東京で夜10時半まで飲んで、新大阪駅から15分以上かかるところにある8時30分始業の会社で、始業直後のミーティングに出席したいというケースがこれにあてはまる・・・という事になるが、常識的に考えて、飲みを1時間早く切り上げて新幹線に乗り込む事や出張帰りということでミーティングを欠席させてもらう事はそう難しい話ではなく、こういった事態が日常的に起こる事を想定する事はあまり現実的ではない。
  上の想定では名古屋で途中下車をして短時間ホテルに宿泊、という事になる。一旦乗ってしまえば後は到着するだけの夜行列車に比べて不便だと言う話になってしまうが、そこまで「眠っていける夜行列車」が便利かどうかには疑問が残る。揺れる列車内で8時間ベットに横たわるのと、揺れないホテルで5時間寝るのはどちらが快適だろうか、という点はなかなか難しい。他の乗客を見る限り、慣れてしまえばぐっすり眠れるようだが、出発地で深夜まで、到着地で早朝からの用事がしょっちゅうあって、夜行列車に慣れてしまえる人というのは今後それほど生まれてこないのではないだろうか?

(2)「安く安全な夜行列車なら」の難しさ
  夜行列車がもっと安価なら利用する人も多いであろう、というのは確かである。私が乗ったミュンヘン〜アムステルダム間(東京〜青森、広島程度)の夜行寝台列車「ポラックス」の私の乗った寝台の運賃・料金は2万円程度であるが、これは個室寝台の話。開放式の寝台車であれば、1万5000円程度で寝台料金分は3000円程度しかかからない。事前割引ならもっと安くなる。
  実は、定員48人の三段式B寝台を新造して、東京〜大阪間を6000円の運賃設定として、黒字が出るという結果をシミュレーション計算を出す事は不可能ではない。

8両編成の夜行列車の収支見積もり(年間)
収入 運賃*料金 6000×48×0.8×8=6億7200万円
収入計    6億7200万円
支出 車両費用(本体) 2億円(20億円を10年返済)
利子 8000万円(年利5%として概算)
メンテナンス 5000万円
線路使用料 キロ当たり500円×500km×365日=約1億円
人件費 5人×5.5万×365日=約1億円
支出計    5億3000万円
粗利益    収入−支出 1億4200万円

 乗車率を8割と見込んでいること、粗利益の段階で利益が売上の二割強に留まること、線路使用料が安すぎる事などと言った問題はあるのであるが、まあまあ現実的な数字が出てくる。こうした計算はそう難しくもないので、ネット界ではこうした計算を元に「利益が出るんだから廃止はおかしい、高速バス並に安く出来て高速バスよりも安全なんだから、夜行列車は赤字がでても存続すべきだ」という意見がたまに見られる。
  この計算は次のような点で問題になる。まずは以下の数字を見て欲しい。

      1人1キロを運ぶ平均の費用 追加で乗客を運ぶ費用
JR北海道    21円 8円
JR東日本 新幹線 67円 10円
在来線 9円 7円
JR東海 新幹線 14円 9円
在来線 *** ***
JR西日本 新幹線 38円 10円
在来線 15円 6円
JR四国    19円 10円
JR九州    15円 4円
出典
Ida, T. and M. Suda (2004) "The Cost Structure of the Japanese Railway Industry: The Economies of Scale and Scope and the Regional Gap of the Japan Railway after the Privatization," International Journal of Transport Economics vol.31.1: 23-37


※正確には平均の費用の事を「平均費用」、追加で乗客を運ぶ費用のことを「限界費用」という
※この研究はJR東海在来線の乗客輸送費用の計算には失敗している、というわけで下記のような議論は政治的な意思決定に用いるには難がある。
  これは、International Journal of Transport Economicsという学術雑誌に掲載されている、1980年代から1990年代の財務データを元した、乗客を1人1キロあたり運ぶ為の費用の計算結果である。
  ここで注目すべきは乗客1名を追加で運ぶときの費用である。当たり前の話だが、電車に乗る乗客を1名増やしても、それほど費用の増加はない。ある程度乗客が増加したら車両の増備が必要になるが、それでも線路の増設が必要になるほどでなければ大きな投資は必要ではない。ここの追加でかかる費用は線路の増設を行わない場合の費用である。
  この表の新幹線の数字を見ると、平均の費用は14円、追加で運ぶ費用は9円とある。東京〜大阪間を550キロとすると平均の費用は7700円、追加で運ぶ費用は4950円となる。これが意味するところは、全員の運賃+料金を7700円以下にすると赤字となるが、今まで高速バスに乗っていたような乗客だけ限定で4950円以上の運賃で運ぶとしたら増収が図れると言うものである。ちなみに上記の夜行列車の乗客一人当り費用は4726円。夜行列車案の方が若干儲けがおおきくなるが、総合評価ではぎりぎりの収支計算によって運用の自由度が効かない夜行列車を運行するよりも、条件の厳しい格安新幹線乗車券を発売したほうが利益が出る可能性があるし、移動時間の短い新幹線のほうが乗客に好まれるであろう。
  また、高速バスが危険で夜行列車は安全、と言うのを夜行列車存続の根拠とするのは難しい。危険と言う人の多くは高速バスに乗らず、その実態を知らない。実際に観察しているとわかるのだが、サービスエリア停車中に金槌を持って打音検査をしているような運転手は多く、テレビ等で報じられているように、多くの高速バスが一触即発の状態にあるようなイメージを持つのは間違いであろう。もう一つ強調したいのは、もう一つの問題は車内の治安の問題で、2人乗務で乗務員の目が行き届く高速バスは、乗務員の常駐しない車両が多い夜行列車に比べて、治安面での安心感が高い。私自身はいろんな意味で荒っぽい乗客が多く、しかも車内をうろうろする乗客が多い夜行列車はどうも不安と言う印象を持っていて、実際同様の理由でバスを利用する乗客も結構いるように感じる。

  そんなこんなで、私の、「別に廃止してもいいんじゃないの、存続運動するなら手伝うけど、だれも手伝ってくれとか言わないんだよね」という意見は変わらなかった。
  今後はどうなるのであろうか。
  私の夜行列車論はまだまだ続く(予定です)。

この光景も見納めになるのだろうか?
これ(マウスを近づけた時の画像の正体)と比べると落差が大きいような気もするが
「国鉄時代」の生きた証人である。


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