アメリカ旅客鉄道史おまけ(雑談と掲示板) 作者のアメリカ鉄道雑談

堺市のLRTが上手くいかない理由
2010/02/14

  市長交替で中止になってしまった堺市のLRT計画。
  実は堺市のLRTについては話が急すぎて、これで計画さえ通れば新線ができる・・・的な考えを素直に個人的には受け入れる事ができなかった(※1)。といっても、同じように思っていた富山のライトレールがすぐに開通したので、上手くいくようなタネや仕掛けがあるのかなあ、とか思って傍観していたのだが、そんな上手いものがあったわけでもなく、悪いほうに私の直感は当たってしまった。
  知人には実現のためのアクションを積極的に行なっている人も多く、中止前のアクションは「そういう人に失礼だから私の直感なり気持ちなりは黙っておく」というものであったが、こうなるのであれば「素直に違和感を公言する」のほうが良かったのかもしれない。しかし、それを公言したところで、偉い人に強固なコネクションがあるわけでもない以上、中止にならないような戦略を起こす事は難しいし、「LRT整備をやめ、社会福祉の充実を図る」は一つの選択肢だとしても、このHPのネタを路面電車から福祉関係にする事が絶望的に不可能なのと同様、頑張っている人に「LRTの活動をやめ、福祉関係の活動をしなよ」というわけにもいかない。去年1年話題になった「失業者が世にあふれているのに、介護の仕事は人材不足」に共通するようなネタになってきたが、世の中色々難しい話が多いということであろう(※2)。

  で、なんだか序文で結論を半分くらい書いてしまったような気がするのだが、この記事の目的は、「なぜ、堺のLRTが上手くいかないのか」という話。この種の話はネットに氾濫しているのだが、どうも本質をついた論説がないような気がするので、野次馬的に何項目か挙げることにしてみた。



失敗の要因(1)海外事例の強調のしすぎ
  新型の路面電車を「LRT」と呼ぶことからしてそうなのであるが、LRTの話をする際に出てくる話は「欧米の都市は素晴らしい、特にフランス、中心部にはトランジットモールがあってオープンカフェがあって・・・」とヨーロッパの話ばかり(※3)。
  オランダで路面電車の遅延(無連絡で25分)に巻き込まれ、学会に遅刻した人間としては、「そんなにいいか」と突っ込みたくなるのだが、気になるのは、「ヨーロッパ」を連呼して、一般人はどう思うのか、という点。行政関係者や海外の鉄道に詳しい人としては、

フランス、LRT、トランジットモール、街づくり


素晴らしい、是非やるべきだ

  というのを期待しているのだろうが、一般人の認識というのは


おフランス??、えるあーるてー、とらんじっとうんたら、街がどうこう?




何それ

  みたいなものだと考えられる。実は積極的な反対派はある程度LRTというものを理解した上で(詳細についての誤解は結構あると思う)であれこれ批判をしているのであるが、問題は下のような感じの認識になってしまっている人に堺市の東西鉄軌道の具体像を示す事が出来ず、結果「税金無駄使」いの声をかき消すことが出来なかった点にあるような気がするのであるが、いかがであろうか?

○失敗の要因(2)怪しい経済効果の計算
  と書いたのだが、堺LRTでは経済効果の計算結果を公表していない。
  なんといい加減な・・・と言いたいところであるが、需要予測に基く経済効果の源は、新しい交通機関の完成による時間短縮効果と自動車の減少による混雑解消効果。堺駅〜堺東駅に関しては自動車からの移転を把握できず、時間短縮効果もわずかで、経済効果はほぼ0、堺駅〜堺浜に関しては今後建設される工場への通勤者の人数や通勤手段次第で計算しようにも十分な元データがなかった・・・という可能性が高い。
  計算が出来たにせよ(本当はこちらを論じたかった)、18メートル級車両、1日需要7000〜12000人程度では、低床連接バス(写真への外部リンク)と能力は同じ、環境負荷についても天然ガス駆動の車両を用いればあまり大きな変化がなく、軌道敷設にコストがかかる分だけ経済効果はバスに比べて低くなってしまう。

○失敗の要因(2+α)中量交通機関の機能特性への不理解
  (2)で書いた話の続きなのだが、想定は18メートル車両、輸送需要は12000人。
  バス路線でもやや特殊ケースになるとはいえ、20000人程度(京成バスの幕張本郷から海浜幕張〜マリンスタジアム間で19000人/日)の旅客輸送は行なわれており、このレベルの需要にLRTを持ち込むことが話をややこしくする要因となっている。

○失敗の要因(3)高すぎる費用
  400億は安いといわれているが、地下鉄との比較の話。
  ただし、問題はそこにはなくて、内輪の盛り上がりで(LRTは鉄道ファンならず、街づくりに関心を持っている人のあいだでも関心が高まっていて、単なる趣味とはレベルが違うのは確かであるが、それでも「鉄道ファン」「街づくり関心者」に盛り上がりは限定されているような感じがある)、「盛り上がっているからこれくらいの金額ならいけるのでは」みたいな感覚で「LRT作るには400億円必要」と数字を出してしまったこと。
  既存軌道を新型車両が事故を起こさない程度に最小限に改修、長期計画での軌道強化、既存車両・単線での堺東駅乗り入れ、数編成の新車導入・・・のようなメニューであれば、30〜40億円といった、「市庁舎建設よりは安い」費用で可能でその割には、市の玄関口へ(全編成ではないものの・・・)新車が乗り入れる姿が見れるとか、中心部へのアクセスがよくなるとか効果がある。メインは400億のほうだとしても、代替案でいいので、「こういった案もありますよ」というのを提示すれば、市長選も「LRT賛成or反対」ではなくて、「400億円案vs40億円案」で争われたと思うのであるが・・・。

○諦めないのであれば必要である方策
 (2+α)みたいな状態なので、住民がみな電車好き(※4)ならともかく、これで説明会をやって納得してもらうというのはある意味強要に近い要素もある。
  ただ、「だからダメ」なら誰でもいえることで、「何でもダメダメ」が日本を縮小均衡に導いているのもまた事実、ではどうしたらいいのか・・・。
  案1は(3)に書いてある事と同じであるが、需要がそれほど大きくならないので、費用も「最大限」ではなく「最小限」を見積もるほうに改めること。現在でも「LRTはともかく路面電車までなくなるのは困る」という意見がおおいようなので、それに対応する形で、少しずつ利便性向上を図ることは可能であろう。「LRTはやめ、既存の路面電車を堺東駅に乗り入れ」ならやっている事は同じでも受け入れられやすいかもしれない。
  案2は、バスでは足りない需要(2万人〜3万人)を見込み、運行車両もバスでは対応が不可能な30メートル級の車両を用い、それだけの需要が生じる仕掛け作りを上手く行なうこと。この種の大規模事業での失敗は関西近辺ではありがちな話だが、20年後に利用客3万人を目指し、沿線に商業施設や病院・介護施設の建設・誘致の余地を残してまずは案1のような事を実行・・・と言うのなら何かできるかもしれない(※5)。ともかく、線路を引けば人は集まってくるだろう的な考え方ではなく、能動的になにかやる必要はあるかもしれない。

○個人的には
  最初に書いたとおりなので、400億では違和感があるが、「何でもダメダメ」は、縮小均衡で将来の日本の中進国化(ロシアが「寒いインド」と言われたような感じで、「治安のいい中南米」とか言われるようになりそう・・・)を招いているような気がするので、少額予算でできる事をやるというのをひとまず支持したいのであるが・・・。
  世の中コラボレーションの時代なので、その方面での深化も欲しいところ・・・こんな事をいうと何かしなくてはならないのかも・・・。

  堺LRTについては(昨日海外の人に説明を求められたということもあり)、海外向けに記事紹介を書こうかな、とおもっているのだが、そちらはもう少し中立(あまり反対意見を書かない)に事実を書こうかな、とか考えたりしている。もし何かリクエストorコメント等あれば連絡いただけるとありがたい。

※1 但し、既存の路面電車路線の廃止問題があるために急がざるを得なかった・・・という事情もある。それにしても、将来のLRT化に向け、長期的な協力体制をまずは確立、少しずつ・・・のほうが良かったのでは、という気持ちはぬぐえない。

※2 だからというわけではないが、第二外国語(ドイツ語)習得計画を一時中断し、とある介護・福祉系の資格を10年計画で取得しようというプランを進めていたりもする。どうなるかは不明だが、無事取得できたら紹介することにしたい。

※3 国土交通省の「まちづくりと一体になったLRT導入計画ガイダンス(外部リンク)」には、「日本」という単語44回に対し、「海外」が24回、「フランス」という単語が65回、「ドイツ」が17回出てくる・・・。フランスにいったことある人よりは「おそ松くん(外部リンク)」をみた事がある人が多いであろうことを考えると危険なような気がするのだが。

※4 「電車好き=鉄道ファン」というわけではなく、住民が電車大歓迎で、同じような所要時間でも車やバスよりLRTを選ぶという選考の持ち主であればバスのかわりにLRTという選択肢もあり。

※5 新市長が提案した地下鉄案を少し変えて、地下鉄を地下鉄として延伸させるのではなく、堺市内はLRTとして建設し、地下鉄乗り入れ可能なLRV(部分高床車)を)ラッシュ時は住之江公園まで、閑散時間帯に西梅田に乗り入れさせる・・・というような案もいいと思うのだが(ドイツでは当たり前にやっているし、日本でも京津線に事例がある)。但し、住之江公園付近の設計によっては費用がかさみ、地下鉄建設と大差ない費用がかかる可能性はある。

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2010年2月14日執筆