アメリカ旅客鉄道史おまけ(雑談と掲示板) 作者のアメリカ鉄道雑談

ベトナムへの新幹線の売り込みについて思う
2010年6月20日(12月31日加筆)

 新幹線の輸出計画は、やはり一筋縄では行かないようである。

 読売オンライン「ベトナム新幹線計画否決、日本の輸出戦略に打撃」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100619-00000750-yom-bus_all

  (上記リンクが消えていたので、内容が載っているブログに暫定的にリンクする事にする)
 ベトナムでどのような宣伝をしたのかを確認していないので、憶測になるが、ベトナム側の全線早期開業という期待にのせられ、

(1)ハノイ〜ホーチミン完成時の利便性向上
(2)在来線から独立した新線による高速性、信頼性
(3)高密度、大量輸送における優位性

 あたりを強調しすぎたのではないか、という点が大いに気になる。

 (1)に関しては、先方の要望もあるなら、完成時の姿を宣伝するのは当たり前、何か文句あるの?みたいな異論が出てきそうだが、ハノイ〜ホーチミン1600キロの高速新線を一度に作る事ができるわけがない、という事に注意する必要がある。1600キロといえば、東京〜鹿児島間に相当する。それだけの距離を建設=多額の利益=日本の産業振興、という方面に話が飛びがちであるが、GDPが40倍もある日本でも、東京〜鹿児島間の新幹線は「そんな長距離の路線を建設するお金どこにあるの?」という議論を半世紀かけてやった成果としてようやく来年に実現するものである。ハノイ〜ホーチミンは、都市規模と距離のバランスで言うと東京〜九州北部あたりをイメージするのが適切なのかもしれないが、この場合でも15年を要している。技術革新で日本の新幹線の10分の1のコストで建設できるようになったというならともかく、総事業費は約5兆円で日本の新幹線と同じ。ベトナム側は円借款や投資への期待があるので、「5兆円、日本がお金出してくれるならいいよ」みたいな意見もあったらしいが、話が進んで、さすがに5兆円を日本が気軽に出してくれるわけでもなさそうだ、ということになると、否定的なムードが高まったらしい。総合的なことを考えると一度に多額の費用を要しない部分開業によるメリットを検討する必要がある。

 部分開業という事を考えると、日本の新幹線が優位性として宣伝している(2)が欠点となってくる。残念ながら、ハノイとホーチミンの間には大きな都市がない。中部のダナン(人口70万人)は有望であるが、ハノイとホーチミンの丁度中間にあり、ここまで線路を引くには数兆円かかる。計画では、ビン、ナチャンまでの区間開業も検討されていたようだが、両市の人口は30万人程度で、新幹線の需要があるかどうかは怪しい。となると、在来線直通による需要拡大(特に貨物輸送)や、都市部における通勤鉄道化・・・というような話が出てくるわけであるが、こういった話と「日本の新幹線は、在来線から独立した新線を作る事に優位性があり」なんていう話は全く適合しない。日本の出る幕がないのであれば仕方がないが、在来線直通に関しては日本でもミニ新幹線やフリーゲージトレインの技術がある。ベトナムの在来線はメーターゲージなので、北部においてはミニ新幹線同様標準軌化を行い中国との貨物列車直通を図り、中南部にあってはフリーゲージトレインの技術を組み合わせるという方法が一つのアイディアとして考えられる。そういった提案をしたのか、これまでの経緯を聞くと怪しい感じがする。

 (3)は略。ただ、鉄道が1日6往復、ベトナム航空の定期便が1日11便であることを考えると、3分おきに運行可能、といっても強みにならないような気がする。

 ともあれ、現地の人が必要としているのは、比較的低コスト、低環境負荷、低費用で利便性の高い交通サービスであって、「新幹線」が欲しいわけではない。その点を気をつけて売り込みが続けられる事を期待したい。


<おまけ1>
  ベトナム新幹線については、下記の評論も興味深い。山形氏はとあるブログで「サミュエルソン先生くらい頭が悪い」(サミュエルソン:彼のためにノーベル経済学賞は作られた、といわれる有名な経済学者)と評された名うての経済評論家。

 ベトナム新幹線、成功の鍵

 汚職の件も気になるが、個人的には、汚職政治家すら、「これって旨い汁が吸えるどころか、大失敗で政治生命どころか命も失いかねなやばいプロジェクトじゃないの」とか思って新幹線計画に反対したんじゃ?というところ。総額5兆円というのは、いくらかを自分の懐に入れるにしては大きすぎる額である。


<おまけ2>
  先日京都市が出した「『歩くまち・京都』総合交通戦略」の「未来イメージ」の項目に、「ICカードの活用によってスムーズな乗り継ぎが可能になり」という項目があるのを見て衝撃を受けた。

 
・・・インドやタイで随分前に実現している事が、何故日本では「未来イメージなのか」・・・

(インドは2002年、タイは2004年導入、2001年年末に導入されたJRのSuicaとほぼ同じ時期である)
  勿論、これらの非接触ICカードの技術は日本のものでインドやタイの企業が独自に開発したものではない。ただ、日本独自の技術でもなく他の先進国メーカーも類似の規格を開発しているし、現場サイドの経験という点では長期間使っていたほうが有利であるから、日本の交通事業者よりもインドやタイの事業者のほうがノウハウの蓄積という点でも優れている・・・といえるかもしれない。磁気式の自動改札機と異なり、非接触ICカードは日本人の職人芸が生きる機械的な微調整が不要(それゆえ、途上国で急速に導入が進んでいるという側面がある)。将来的には特許だけ日本から購入し、機器組み立ては韓国・台湾の企業、運用のためのシステム開発については現地事業者とインド系IT会社が密なコミュニケーションを取ったほうが、日本に製品組み立てやシステム開発を任せるよりも高品質なものができるという可能性は高い。このあたりの事情を知らずに、非接触ICカードで世界最先端、とか言っている日本って大丈夫、と時折思ったりする(※1)。
  新幹線については確かにそういう真似が簡単にできるものではないが、必要なものは「比較的低コスト、低環境負荷、低費用で利便性の高い交通サービス」であって、新幹線ではない事に留意する必要がある。航空部門での機材改良による環境負荷逓減、運営費用の削減などは、先進国でなくても積極的に行なわれていて、日本が教える事はない。日本の新幹線の技術が「使い物にならない時代遅れの技術」になっていないかどうかは常に留意する必要があろう。


(※1)乗り継ぎ制度などでは日本にも優位性があるのでは?と弁護したいところだが、タイ、インドはともかくオランダなどでは実際に乗った距離により細かく課金するというICカードならではのシステムが確立していて(シンガポールでもまもなく施行)、「乗り継ぎ割引」を念頭においている点ですでに時代遅れ。

<おまけ3(2010年12月31日)>
  実は来週からベトナムに行くことになっている。残念ながら高速鉄道交渉とか、陸上交通の専門家と懇談とかはないのだが、上下水道関連の施設は見学できる可能性があり、ベトナムの現状を見学するのには良い機会かな?と考えている。
  出発に備えていろいろと予習しているのであるが、経済発展しているとはいえ、GDPの差はいかんしがたいものがあり(1人あたり為替レートで30倍以上の差がある)、都市間鉄道以前に、街路や上下水道などの都市インフラは大きく立ち遅れている。勿論、日本政府は道路や上下水道の整備に関する支援を高速鉄道に先駆けて行っているが、高速鉄道交渉に関しては、それらとのバランス、いや、ベトナムの発展の将来像と、そこに高速鉄道がどう貢献するのかについてのきちんとした説明が必要だろう。
  あと、インフラが大きく立ち遅れているといっても、現地の専門家は個々のインフラ技術に関して相当の知識を持っている。持っていないのは、知識を短時間に効率的に実用化するノウハウであるが、それとて断片的には存在しており、先進国の人間の役割はそれをうまく繋ぎ合せることにすぎない。高速鉄道に関しては、さすがにベトナムですべて国産化、という事にはならないであろうが、保守点検や付帯設備の維持・改良に関する技術移転を図り、最初の施設整備の他は(ベトナムで国産化するよりは輸入したほうが安価になる)部品やサービス(経営・技術のコンサルティング)で収益を得る、といったビジネスモデル構築が重要になるような気がする。

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2010年6月10日作成