アメリカ旅客鉄道史おまけ(雑談と掲示板) 作者のアメリカ鉄道雑談

○転換クロスシートはアメリカ流詰め込み式?(2003年4月4日)

 アメリカの座席車の多くは転換クロスシート、日本で良く見られるボックスシートはパーラーカーや昼間のプルマン寝台に見られる程度で皆無である。しかも、パーラーカーや寝台車と言うのは特別な車両だから普通の車両は皆転換クロスシートと言う事になる。
 こういう話しを聞くと、特急列車やグリーン車にだけ転換式や回転式のクロスシートが導入されていた日本のファンとしてはなんだか羨ましい感情を持ってしまうが、歴史書を紐解くと、アメリカの鉄道を作った資本家は公共性より私利私欲の方を大切にしたという話が必ず載っている。サービスを売り物にしたプルマン社の車両はともかく、一般の車両の転換クロスシートは私利私欲しか考えない鉄道会社のサービス精神がなせる技だったのだろうか。
 そんな事を考えながら、昔のインターアーバンの車両の図面にあたると面白い事に気づく。座席配置が載っているものであれば座席間隔が記されているのであるが、座席間隔は30インチ前後、ミリに直すと750ミリ程度しかないのである。
 これを現代の日本の転換クロスシート車と比べるとどうなるか。狭いと言われている京急の2100系のクロスシートが850ミリ程度で、普通は910ミリぐらいである。217系のボックスシートだって1500ミリあり、インターアーバンの転換クロスを向かいあわせたのと同じくらいの幅がある(向かい合わせに出来たのかどうかは不明だが)。さらに、もう一つ考慮しなければならないのは日本人とアメリカ人の体格の違いである。戦後の生活習慣の変化により日本人の体格も向上したが、それでも戦前のアメリカ人より上とは考えられない。こんなシート幅では相当に窮屈だった筈である。実際、パシフィック電鉄の最後期の車両は、窓配置とずれるのを承知でシートピッチ改善を行っていたりしている(窓が23枚並んでいるが、座席定員は92ではなく80である)。
 こう考えると、アメリカの鉄道に転換クロスシートが多い事に関する1つの仮説が出来あがる。まさか1時間も2時間も立たせるわけにはいかないから、クロスシートにして座席数は確保するが、ボックスシートにすると足を組んだり突き出したりする輩がでて却ってシートピッチを確保しなくてはいけないから、一方向に並べて押しこめてしまうのである。逆にボックスシートはプルマン寝台車や、パーラーカーなど、優雅さを要求されるところで相当のシートピッチを確保して設けられた。実は転換クロスシートはアメリカ流の詰め込み式座席だったのである!
 この議論はあくまで仮説だし、ボックスシートか転換クロスシートかという議論では有効であっても、ロングシートか転換クロスシートかという事を問題にする場合は別の論拠を持ち出す必要があるかもしれない。また、現代アメリカの都市鉄道の車両はボックスとロングを交えたものが多く、アメリカの電車ファンが昔の転換クロスを懐かしむことがあるのも事実である。

<補論>

 この話は逆にいうと、日本の都市鉄道の転換クロスシートが立派すぎる事を物語っている。何でこんなシートが使われているのだろう。また、乗車人員の多い関東地方向けにピッチを詰めた転換クロスを導入したりすることは出来ないのだろうか。
 転換クロスシートが900ミリ程度の幅を持つのは機構上の理由がある。向かい合わせて使用するときに、背と背を付けあわせる余裕が必要であるからである。転換させる必要がないバスのシートは日本でも750ミリぐらいしかないし、10時間以上も航行する国際線の旅客機のエコノミークラスでもシートピッチは850ミリぐらいである。シートピッチを狭めるにはこの問題をクリアしなくてはいけない。
 昔のアメリカのインターアーバンでは、背ずりを低くしたり詰め物を薄くしたりしてこの問題に対処していた。そもそも転換クロスと言ってもベンチと大差ないものもあった。日本でも戦前の阪和電鉄モヨ100などにその事例はある。しかし、ロングシートのように背ずりが低くては乗客の評価は分かれるだろう。日本の電鉄における転換クロス車は国鉄との対抗上、国鉄ニ等車級のサービス提供を目指してはじめられたものだから、こんなシートでは不充分だったのである。
 もう一つの対応策は、常に進行方向に固定させてしまって、向かい合わせての使用を認めないという方法である。京急2100系はこの方法を採用していると聞く。しかし、これをやるのであれば一斉転換機構などの複雑な機構を導入しなくてはならず、やや面倒である。
 これらの対応は魅力的ではあるが、シートピッチを狭くすれと、乗客の乗降に手間がかかるようになる。また、前の座席に足が引っかかるような狭い座席に乗客が魅力を感じるのかという根本的な問題もある。着席通勤の実現はなかなか難しい。

<補足2>
 長距離列車の転換クロスはゆったりしていたのだが、アメリカで鉄道を視察した日本の鉄道技術者はアメリカの鉄道サービスの水準を褒めるかと思いきや、「アメリカの鉄道には3等がなく、2等で旅行できる裕福な人以外は鉄道を利用できない。」とコメントしている。アメリカの運賃水準は確かに少々高いので、この意見に賛同するとするなら、日本の固定クロスは低コストで国民に輸送サービスを提供することが鉄道の社会的使命と考えていた事の表れと見ることもできようが、実際どうなのだろうか。

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