アメリカ旅客鉄道史おまけ(雑談と掲示板) 作者のアメリカ鉄道雑談

○マレーシアの新幹線計画
近代化されたクアラルンプール中央駅の様子
高速鉄道用のホームをどこにしつらえるかが気になるところだが、長距離列車のホームが余っているのでそれを流用するのかもしれない

 2012年5月に日本政府が、マレーシア首都のクアラルンプールとシンガポールの間の高速鉄道に新幹線の採用を打診したとの情報を今日になって知った私。もう少し、アンテナを張らねば・・・。
 言い訳をするとクアラルンプール〜シンガポール間の高速鉄道の計画が前からあった事は知っていた。ただ、2011年くらいまでの段階では、この計画に日本があまり興味を示していなかったので、私も放置。その頃までは、「案があった」という話だけだし、旧英国植民地かつ華人経済圏で、中華圏(中国、台湾、シンガポール)と英国系の企業があれこれ談義している中には入りにくいという背景もあるのかな、とか勝手に思っていた。ただ、旧英国圏には高速鉄道の技術はないし、中国は高速鉄道で事故を起こしてしまった。こういう状況で、もう少し具体的に、という事になり、日本にも参画のチャンスが出てきたという事であろう。

 さて、この高速鉄道計画、有望なのであろうか?ベトナムの高速鉄道に関しては「当分不要」という結論を下した私であるが、マレーシア高速鉄道に関しては、一応可能だが、条件はシビア、というのが現段階での見解である。
 この区間、すでに高速道路もあって、盛んにバスも走っている。シンガポール〜クアラルンプール間の航空便も結構多く、それらを見込むと、1日当たり上下合わせて3万人程度の利用客は見込めるのではないかと思う。
 問題は、このバスと航空便が競争によりかなり低価格になっていること、LCC、エアアジアの最安運賃は2000円程度、バスに至っては、1000円程度から利用が可能である。
 年間1000万人、運賃2500円での利用を想定すると、運賃収入は250億円である。建設費は8000億円と言われているから、年利1%で建設費を償還するとして、毎年200億円の返済なら50年、150億円なら75年である。返済期限50年はどうも現実的ではない。返済額が400億円あれば23年で返済できるのであるが、そうすると、もう少し利用客数を確保するか、運賃を上げなくてはいけない、が、シンガポールとあわせても人口3000万人弱の国土で、それほど沢山の需要は期待できない。政府の補助金?ある程度は期待できるものの、国家予算が5兆円の国で、高速鉄道だけに潤沢な基金を支出するわけにはいけない。無理ではないが、かなり厳しいのが現実であろう。勿論、資金調達が難しいので、日本がお金集めをせず建設だけ行うというのは難しいだろうし(他国のプロジェクトの下請けなら可能、実はこれが一番美味しいのかも・・・)、マレーシア側にそれほど経営リスクを負わせるわけにもいかない。事業を引き受ける立場としては、ベトナムのように絶対無理、ではなく、甘い試算をすると有利な結果も出てしまう、ということに気をつける必要がある。たとえば、年間1000万人、運賃5000円、利子1%、償還金額400億円なら23年で返済可能。30年のBOT契約を結べば2000億円ほどの利益が・・・という話になるのだが、運賃5000円は激安の航空便が盛んに飛んでいる現状では厳しい。
  ルート設定を工夫し建設費を抑える(沼沢地を避ける)ことと、クアラルンプール、ジョホールバルでは、たとえば富裕層向けの通勤輸送サービスの提供も検討すること(道路混雑が激しいので片道300円程度の運賃なら通勤客の集客も可能である)、海上コンテナによる貨物輸送にも対応できる構造にしておくこと(土地に余裕があるので、上下線の間隔を空けて青函トンネルで起こっているような貨物列車の運行障害を避けるとか、将来的には標準軌路線がタイ・ラオス経由で中国に接続する可能性があるので、それに備える)あたりが重要であると考えられるが、いかがであろうか。


(6月3日補足)
  4月にマレーシアに出掛けてきた。行きも帰りも飛行機はシンガポール発着でクアラルンプールまで陸上移動であったから、新幹線の建設計画地をじっくり見学出来たのであるが・・・。

  【不思議な点1:在来線改良】
  シンガポールの対岸のジョホールバルとクアラルンプールとの間には在来線に相当するマレー鉄道が通っていて、現在、その近代化工事が進められているのだが、その内容はかなり高度。全線を複線化して最高速度160km/hにするとのことで、駅は移設、新幹線並みの高架線を建設しているところもみられた。
  素晴らしい・・・と言いたいところだが、これって新幹線と二重投資じゃないの?というのが疑問点として浮かんできた。確かに、マレー鉄道は途中のマラッカを経由しないので、新幹線を作る必要性はあるのであるが、それであれば在来線の高規格化は不要なような気もするし・・・。
  こういった政策不整合をなくすために、マレーシアでは陸上公共交通機関の管轄機関を一つに統合し、昨年秋には懸案であった陸上交通のマスタープランを公開するに至っているが、詰めが少し甘い感じは依然残る(※1)。

いち早く新幹線駅を作っているような感じだが単なる線路移設工事
マレー鉄道グマス駅にて

 【豪華高速バス】
  帰路、クアラルンプールからシンガポール対岸のジョホールバルまで高速バスを利用した。距離は300キロ、運賃は約1000円、車内は3列シート。3列シートは1-2列の配置で、日本でいえば少し割増運賃を取る豪華仕様のものであった。はたしてこれに対抗できる高速鉄道車両は出来るのか、という感じはした。
  所要時間はジョホールバルまで4時間、シンガポールまでならあと1時間程度かかり、その点では高速鉄道は有利であるが。

私の乗ったバス、車体は2階建てだが、1階部分は荷物室としてのみ使い、2階の居住性を
高めた豪華仕様

  というわけで、高速鉄道には並行して激安の豪華高速バスががんがん走っているし、将来的には在来線も高速化する。この条件では、運賃は2000〜3000円程度しか課せられないだろうし、どうするんだろう、という疑念が相変わらず残る。
  プラス要素としては、マレーシアは公共交通ネットワーク整備にかける情熱が高く、高速鉄道にも私が予想する以上の補助金を支出する可能性が高いという事があげられるが・・・どうなるんだろう。


<参考情報>
マレーシア陸上公共交通庁(SPAD) 過去の入札記録
・・・ナジブ政権下の「政府改革プログラム(本HPの選挙と交通政策にも書いたが)」のウリの一つは情報公開。なんと、事前調査を委託したコンサルタント業者と事業者が公開されている。このあたりの大胆な態度は、政府改革プログラムのただななぬ心意気を感じさせるものであるが、結果はどうなる事やら。2011年の調査は日本にも支社のある国際的な大手コンサルに任せている(随意契約っぽい)が、2012年の調査は国内のコンサルティング業者が落札している。マレーシアはある程度独自の企画運営能力があるので、そこでどのような役割を演じるのかが日本の勝負の分かれ目になるのでは、と考えられる。

マレーシア陸上公共交通庁(SPAD) Facebookページ
・・・2月6日、日本の国土交通省のスタッフとの高速鉄道の会合の様子がアップされている。
   日本の国交省も積極的に売り込みを行っているようで、まずは一安心。
   コメント欄にマレー語で「彼らは韓国から来たんですか」「日本です」とかいうやり取りがあるのが日本のインパクトの弱さを物語っているような・・・。
・・・マレーシアの官庁の情報発信というと、「政府観光局のオフィシャルブログ」に圧倒されたことがあるが、どうもこれがこの国の標準らしく、この公式Facebookページも「今日はどこで会合が・・・」的な話が毎日アップされている。しかし、この迅速な情報公開には圧倒される・・・。


※1)ちなみに、陸上公共交通庁やマスタープランの原点は、日本の国際協力機構の協力により1999年に出された、クアラルンプールの都市交通調査の最終報告書。この中に、クアラルンプール都市圏内における交通監督官庁の一元化や、マスタープランの策定の提言があり、これが、これを踏まえ、第8次マレーシア国家計画の中で、都市交通の改善が盛り込まれるようになり、の10年の準備期間を元に、これらの提言が結実されるに至っているのである。
  ただ・・・この話自体は素晴らしいのであるが、ちょっと考えてしまう事も。この交通計画は日本でやっている交通計画と同じ手順で進められているのであるが、上記のような形で日本国内向けの計画であればぼかされてしまう、行政機構の改善の提案とかが、かなりの高クオリティで載せられている。これだけのものを作る能力があるのなら、今更欧米の事例を学ぶ必要もないのだが、現状はこうした交通計画者の本音が述べられる機会もないし、欧米の事例を形而上的な理念として尊ぶ傾向が今も続いている・・・何とかならないものか、と思うのだが。
 

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2013年1月31日作成
      2月06日 SPAD Facebookについて加筆