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ロサンゼルスの都市交通
ベニスバス停に停車中のMETRO(ロサンゼルス都市圏交通局)バス
<はじめに>
  ロサンゼルスでは鉄道の復権が進んでいるが、現状では主役は高速道路。下図のように、旅客鉄道網に比べると遥かに複雑な高速道路網が広がっている。
  その原因は?GMがかつての鉄道会社の路線を引っ剥がして自動車化したのが原因とよく言われるが、これは一種の都市伝説。GMは鉄道の廃止にほとんど関係しないし、全盛期に郊外電車を独占的に経営したパシフィック電鉄の路線図を見ても(図2)そんなに細かい鉄道路線があったわけでもない。1920年代には自動車が庶民でも買えるようになったので、駅勢圏外の住宅地に居住する人が多くなり、それが定着、マイカーで生活する事が当たり前となった1950年代に市民の要求に応じて政府補助のもと高速道路網が建設され、現状のようになってしまったというわけである。自家用車との激しい競争で鉄道は採算が合わなくなり1940年代から60年代にかけて相次いで廃止されたが、その路線網はバス路線として残されていて、現在の交通局の路線網に引き継がれている系統もあったりする。
  このような過程を経て、1960年代には自動車都市として強いアメリカの象徴のようにアピールされたロサンゼルスであったが、その自動車化には大きな誤算があった。人口増加を読み違えたのである。スモッグまみれとアメリカ人自ら自嘲まじりに言う南カリフォルニア地域は、空気の清浄度合いについては多少問題があっても、気温に関しては野外でも一年中、エアコンをかけた日本の室内レベルというアドバンテージをもっていた。この快適性と企業立地で色々なメリットがあったことからこの地域は経済成長が続き、人口も激増が続いた。その結果、気付いてみたら都市圏人口千数百万人というニューヨークに続く大都市圏になってしまったのである。ロサンゼルスの高速道路網は人口700万人前後を前提として計画されてて、それ以上の人口増加があると、渋滞が多発してしまうのである。一度自動車利用を前提として都市を作ってしまうと、そこに鉄道を作っても使いやすいようにするのは難しいが、かといって他に代替案があるわけでもない。そこで、前途多難とはいうものの都市鉄道網の再構築がはじめられたというわけである。
  なお、人口増加に伴い、バス路線網の充実化も図られている。今回のロサンゼルス滞在では、2日半にわたってそのあたりを調べてみた。
図1 現在のロサンゼルスの都市交通

図2 上図を全盛期のパシフィック電鉄の路線図と対比すると
<ややこしい事業者>
  旧パシフィック電鉄とロサンゼルスの市街電車を継承した公営事業者はロサンゼルス都市圏交通局(LACMTA)である。が、ロサンゼルス大都市圏でバス事業を営む公営事業者はそれだけではない。代表的な公営事業者を以下の通り

事業者名 運行
主体
系統数 バス台数 年間利用者
<ロサンゼルス大都市圏広域事業者>
METROロサンゼルス郡都市圏交通局
(Los Angeles County Metropolitan Transportation Authority)
HP LA郡 200
以上
2795台 4億人
OCTAオレンジ郡交通局
(Orange County Transportation Authority)
HP 77 911台 6800万人
Omnitransサンバナディーノ渓谷交通局
(San Bernardino Valley Transit)
HP 広域 35 277台 1600万人
RTAリバーサイド交通局
(Riverside Transit Agency)
HP 広域 44 208台 760万人
<ロサンゼルス郡内の事業者>
アルハンブラ市バス
(Alhambra Community Transit)
HP
AVTAアンテロープ渓谷交通局
(Antelope valley transit)
HP 広域 17 74台 273万人
レドンド市バス
(Beach Cities Transit)
HP
ボールドウィンパーク市バス
(Baldwin Park Transit)
HP
ベルガーデン市バス
(Bell Gardens Town Trolley)
HP
ベルフラワー市バス
(Bellflower Bus)
HP
バーバンク市バス
(Burbankbus)
HP
カーソン市バス
(Carson Circuit Transit System)
HP
セリトス市バス
(Cerritos on Wheels)
HP
Children's court shuttle HP LA郡
コマース市バス
(City of Commerce)
HP
コンプトン市バス
(Compton Renaissance Transit System)
HP 38万人
カダヒー市バス
(Cudahy Area Rapid transit)
HP
カルバー市バス
(Culver CityBus)
HP 46台 540万人
ダウニー市バス
(DowneyLINKs)
HP
デュアルテ市バス
(Duarte Transit)
HP 約30万人
イーストロサンゼルスシャトル
(EAST LOS ANGELES SHUTTLE)
HP LA郡
エルモンテ市バス
(El Monte Trolley & Commuter Shuttle)
HP 約60万人
フットヒル・トランジット
(Foothill Transit)
HP 広域 34 306台 1500万人
GMBLガーデナ市バス
(Gardena Municipal Bus Lines)
HP 58台 500万人
グレンデール市バス
(Glendale Beeline)
HP
ハーントロリー
(Hahn Trolley)
HP LA郡
ハンティントンパーク市バス
(Huntington Park Local Transit Bus)
HP
ラ・プエンテ市バス
(La Puente Shuttle)
HP
ローンデール市バス
(Lawndale Beat)
HP
ロングビーチ市バス
(Longbeach Transit)
HP 38 242台 2700万人
LADOTロサンゼルス市交通局
(Los Angeles Department of Transportation)
HP 52 470台 3000万人
リンウッド市バス
(Linwood Trolley)
モンテベロ市バス
(Montebello Bus Lines)
HP 83台 1100万人
モンテレーパーク市バス
(Monterey Park Spirit Bus)
HP
MAX(エルセガンド市への通勤者輸送バス)
(Municipal Area Express)
HP 広域
ノーウォーク市バス
(Norwalk Transit)
HP 39台 200万人
パロス・ヴァーデズ市バス
(Palos Verdes Peninsula Transit Authority )
HP
パラマウント市バス
(Paramount Easy Rider)
HP
ARTSパサデナ市バス
(Pasadena Area Rapid Transit System)
HP
ローズミード買物バス
(Rosemead Shopping Express)
HP 市?
サンタクラリータ市バス
(Santa Clarita Transit)
HP 21 78台 340万人
サンタモニカ市バス
(Santa Monica Big Blue Bus)
HP 14 186台 2000万人
シエラマドレ市バス
(Sierra Madre Gateway Shuttle)
HP
シミヴァレー市バス
(Simi Valley Transit)
HP 22台 47万人
南パサデナ市バス
(South Pasadena Gold Link Bus)
HP
南ホイッティアーシャトル
(South Whittier Shuttle )
HP LA郡
トーランス市バス
(Torrance Transit)
HP 117台 480万人
Go West 西コビナ市バス
(West Covina Shuttle)
HP
西ハリウッド市バス
(West Hollywood City Day Line)
HP
ホイッティアー市バス
(Whittier Transit)
HP

・・・とまあ、表示するだけでも楽ではないのだが、内容を説明するのはもっと厄介。ロサンゼルス郡内広域輸送を担当するのが郡交通局で、連絡するフィーダー路線を経営するのが市バスと言えば分かりやすいのだが、そうはなっていない。モンテベロ市バス、サンタモニカ市バスはロサンゼルス都心直通バスを高頻度で運行していて、カルバー市バスも市外の各地に広範囲に路線を伸ばしている。広域輸送という観点で言っても、郡北東部には広域輸送を担うフットヒルトランジットという事業者が別に存在していたりもする。市バスでも郡交通局のバスでも行ける場所というのが結構あることからして役割分担は曖昧なのである・・・。
  統一してしまえば話はわかりやすいような気がするが、均質サービスや郡交通局のやや高めの運賃水準に不満をもつ自治体もあるらしくて、このような布陣が継続している。市バスの歴史は様々でカルバー市バスやサンタモニカ市バスは1920年代の成立で郡交通局よりも古い。カルバー市バスはパシフィック電鉄との運賃論争の結果登場したという歴史を持ち、パシフィック電鉄以来の伝統を引き継ぐ郡交通局とはうまが合わないのかな、と疑ってしまうのだが、実態はどうなのだろうか。

UCLA近辺(カルバー市からは10キロ以上は離れている)で目撃したカルバー市バス

ロサンゼルス国際空港に乗り入れているトーランス市バス

パサデナ市のダイヤル呼び出し方式(Dial-A-Ride)の車両
<6月21日>
ベニス⇒UCLA⇒ベニス
  初日はネットの接続可能な場所を求めてUCLAへ。ホステルにも高速LANは整備されていたものの、誰かが壊したとかで不通であった。安宿だとこのあたりは不確定と見るか、値段に関係なくありがちな事とみなすべきか(そんなものが装備されているのはパソコンに詳しい人間が経営しているからで、数日はかかると言って置きながらすぐに復旧していた。このあたり普通のホテルよりもいいのかもしれない・・・)・・・。
  利用したのはサンタモニカの市バス(下の写真のバス)である。運賃は75セント(当時のレートで80円)。小銭がなければ1ドルとられる。
  バスはノンステップで車椅子対応。ここまでは日本と同じだが、車椅子用のスロープが自動でせり出すようになっているし、利用者がやたらと多い。ベニスからUCLAまでの所用時間は40分ほどであったが、2回ほど車椅子の乗降があったのには驚いた。結構長い距離を走ったが、バスはその間中、住宅街ともロードサイド店舗街とも区別できない市街地を走りつづけた。
  UCLAに向かった目的は大学近辺の商店街にネットカフェがあるのを期待しての事だが、いかんせん大学構内は下記の通りで、美しいのはいいのだが、近所のお店といっても相当の距離があった(英語でネットを見るだけなら図書館内のコンピューターでも出来、そのあたりは日本よりも充実していたが)結局20〜30分歩いてキンコーズを発見。メールの送受信と文書の印刷に何とか成功する。
  その後はそのままとんぼ返りでベニスへ。なんだかよく分からないアメリカ1日目であったがロサンゼルスの郊外化の様相は観察する事ができた。
  
サンタモニカ市バス

車椅子用スロープ稼動の様子

UCLA構内さすがに大学内は綺麗

UCLA近辺だが、こんな感じの道路が延々と続いた。
夕暮れ時(夜8時ごろ)の写真である

上と同じ地点で逆の方向を撮影したもの
<6月22日>
ベニス⇒サンタモニカ⇒(市バス)⇒交通局(LAユニオンステーション前)
(この間文献調査)
ユニオンステーション⇒シエラマドレヴィラ⇒ユニオンステーション⇒ダウンタウン⇒ベニス

  2日目は早速文献調査でダウンタウンへ出発。
  まずサンタモニカ市バスでサンタモニカのダウンタウンへ行き(1系統)、そこからサンタモニカ市バスの高速バス系統(10系統)に乗って行くという経路を取った。時間的にはベニスから地上経由で直行する郡交通局のバス(MTA33系統)と大差はなかったが、高速道路を見れるという点が最大のメリットだった。
  サンタモニカ市バス10系統の利用する高速道路はかの有名なサンタモニカフリーウェイ。片側5車線の巨大道路は自家用車で一杯、逆に言えば日本の道路ほど高速は目立たない。コンテナ専用の大型コンテナの直通が可能で至るところに引込み線があるアメリカでは鉄道貨物輸送は日本より盛んで、トラック輸送への依存度は日本並かそれ以下。それに対して都市圏の自家用車利用は日本と比べ物にならないほど多いから自動車が目立つというわけである。なお、バスに関しては定期路線バス以外に黄色いスクールバスとか回送の路線バスとかいうものが結構流れていた。路線バスに関しては高速道路で操車をしたほうが効率がいいというのは解るのであるが、スクールバスが流れているのはちょっとした謎であった(どこかで集中管理しているという事なのだろうが)。
  高速道路を降りるとダウンタウンの高層ビル街を通過して終点のユニオンステーションに到着。折角なので駅構内をしばらく見物した後ユニオンステーションの向かいがわにある交通局に行って調べものである。交通局には歴史資料を大量に保管してある図書館があり、パシフィック電鉄関係の多くの著作を執筆したジム・ウォーカー氏がアドバイザーを務めている。つたないコミュニケーションであったが、パシフィック電鉄廃止前後の資料について、あれこれアドバイスを頂く事ができた。

  大量に資料のコピーを取って(電鉄史のページで折をみて公開の予定)交通局を出たのは夕方5時。しかし6月のロサンゼルスの日没は8時過ぎで時間がある。この時間を利用して、最近開通したばかりのLRT路線、ゴールドラインを試乗してみた。
  ゴールドラインはダウンタウンとロサンゼルス北部パサデナを結ぶいわゆるLRT路線。パシフィック電鉄の複々線のメインラインがあったところではあるが、南部の路線と異なり、路盤のほとんどは道路となっているので、新路線は全く別の場所に敷設されている。沿線には高級住宅地が多く、今回乗ってみても乗客は中所得層以上。治安の面で不安を感じないのはいいのだが、自家用車利用が当たり前の地区に路線を引いてしまった事で苦戦を強いられているというのはなんとなく理解できた。終点シエラ・マドレ・ビラは高速道路の真中にある駅で、利用客のほとんどは隣にある駐車場兼バスターミナルから自動車やバスに乗り継ぐ客であった。

  ゴールドライン終点まで往復して戻ってこれたのは夜7時過ぎ、しかしまだ外は明るい。ベニスに帰るための33系統は都心で乗り継ぐのが便利という事で、ダウンタウンをうろついてしまったが、これは失敗で、怖い人たちが沢山うろつきはじめているところを歩く羽目になってしまった・・・。まあ、一応自警団がうろうろしているし、真っ暗になってからようやく乗り込んだバスも、何か聞かれて日本人だと解ったら脅されかねないからベトナム人と名乗ろうと本気で考えてしまうような雰囲気であったにもかかわらず、ベビーカーを持った親子連れ(ヒスペニック系ではあったが)が乗り込んできたりもしたから、あとで客観的に考える限りただ宿泊場所に戻るためにバスに乗るならそう問題はなさそうではあった。バスの乗客も基本的には帰宅のための通勤客で、こちらも普通の利用客として振舞っていれば問題はないわけである。しかし、乗り物の乗り継ぎで、まだ宵の口に通るのならともかく、普通「行動する」という行為には何か特定の行き先や対象があるわけで、飲食やさらにアブノーマルな刺激を求めて夜のダウンタウンをうろうろしたら定説どうりのトラブルに巻き込まれるのは確実と思われた。やはり、アメリカの都心の治安はあまりよろしくないようである・・・。
  夜のバスの乗客は最初はヒスパニックばかりであったが、通勤客なので適当な場所で降りていく、代わりに乗り込むのは、おそらく別系統のバスを乗り継いできたと思われる若い白人観光客であった。海岸に近づくにつれて客層は良くなり、私もシートの肘掛を掴む手の硬直が緩むのをリアルに感じることができた。
サンタモニカダウンタウンのバス専用レーン
ここに市バスの各路線が集中する、というと交通の統制が取れているようで
聞こえがいいが、郡交通局のバスは変な場所から発着している

ダウンタウンは綺麗なショッピングモールになっている。
ストラスブールと同様街づくりの先進事例となっているという話を知ったのは帰国後・・・

渋滞する高速道路。車の海は迫力があった。

謎のスクールバス。何台も見かけた。

ユニオンステーション内部

ユニオンステーションに停車中の「コースト・スターライト(ロサンゼルス〜シアトル)」
このパーラーを名乗るラウンジ車は元を辿れば1950年代のATSF「エル・キャピタン」用
ラウンジ車である。

駅の隣にそびえていた交通局のビル

ユニオンステーションを出発するゴールドラインの電車

ゴールドラインの電車を待つ通勤客
中所得層以上かなと思われる人が多く、乗っていても危険な感じはしなかったのだが
比較的所得の高い人が住む地域に路線を通した事は営業成績を下げる結果となってしまった

終点、シエラマドレヴィラの巨大駐車場

LRTはここで終点(延長計画はある)だが、高速道路は果てしなく伸びる

帰りがけに立ち寄った(立ち寄らなければ良かったのだが・・・)ダウンタウンの写真
怪しげな人ばかりで大変な思いをした場所だが看板はこのとおり「かつては」中心街で
あった事を示している。

アメリカ旅客鉄道史実地見聞録アメリカ旅行記>ロサンゼルスの都市交通

2006年6月4日作成